関係者によると、被告側は6月22日付で精神鑑定を請求したという。男は事件直前に医療機関で精神疾患があるとの診断を受けており、犯行当時、心神喪失状態だったと主張する可能性も捨て切れない。公判では責任能力の有無、程度が争点になるとみられる。検察側は「これ以上の鑑定は不要」との意見書を出したが、8月には方向性が固まり、神戸地裁が9月28日付けで鑑定を行う決定を出している。これで検察側、弁護側双方が男の精神鑑定を行うことになる。
殺人事件は裁判員裁判の対象となる。検察側が容疑者の起訴前に精神鑑定を行い、起訴後に弁護側が精神鑑定を求めるケースは少なくない。
2017年7月、神戸で親族や近隣住民計5人が殺傷された事件があった。被告の男性に対し、神戸地裁は2021年11月、無罪を言い渡した(検察側が控訴)。
検察側、弁護側いずれも事実関係は争わなかった。最大の争点は男性の刑事責任能力の有無だった。
検察側は犯行当時の男性について、物事の善悪を判断する能力は低下していたが、限定的だったとして「心神耗弱(こうじゃく)状態」として無期懲役を求刑、弁護側は統合失調症により善悪を全く判断できない「心神喪失状態」だったとして無罪を求めていた。
神戸地検は男性について、起訴前に2度の精神鑑定(それぞれ別の精神科医が担当)を実施した。その証人尋問では、鑑定に関わった精神科医2人の意見が割れた(※なお、精神科医は法廷内の発言で「責任能力」という文言を使用していない)。
刑法39条では「心神喪失者の行為は罰しない。心神耗弱者の行為は刑を減軽する」としている。専門家らはラジオ関西の取材に「事件の重大性を考えれば、確かに無罪判決に抵抗感はあるが、刑事責任能力についての立証は検察官に依拠する部分が大きく、しっかり尽くすことが重要」と話す。
この裁判を傍聴していた敏さんはふと、将太さん殺害事件に当てはめればどうなるのかを危惧した。「逮捕直後の取り調べで、男は事実関係を認めていたと(兵庫県警・捜査一課から)聞いていた。精神鑑定することは想定していたが、人を殺(あや)めるなんて人じゃない。尋常ではない。でも、それは刑事責任能力の有無とは違う」。
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「この住宅街、どこへいっても袋小路のはず。なんで逃げ切れたんだろう」。敏さんと現場に向かった。12年経ち、周辺の風景は少しづつ変わってきた。男はどうやって逃げたのか、敏さんは車を運転しながら、あらゆる可能性を視野に入れて、その経路とみられる道をたどった。「(男が)当時身を寄せていた家に着くには、この路地を抜けなけれなならない。ほら、そこが凶器のナイフが見つかった側溝、こうすると(逃走経路の)つじつまが合ってくる」。