『遊児のひょうごぶらり歩き!』ブログは2017年4月10日(月)よりリニューアルし、URLを変更いたしました。
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なお、このブログの更新は4月10日までで終了いたしましたが、過去の記事は継続してご覧いただけます。

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  • 投稿者: jocr
  • 投稿日時: 2017年04月10日(月) 16時15分

兵庫県内に12ある町(ちょう)を月に一度歩く町(まち)歩き、今年度の最後は岡山県備前市に接する上郡町です。

3月22日に上郡の自然を満喫したあと、旧市街を散策するコースを楽しんできました。
JR上郡駅から南西の方に行くと「森林体験の森」という、15年前にできた自然レジャー体験スペースがあります。

33ヘクタールの山の中に森林体験ゾーンと里山ゾーンがあり、町民に親しんでもらうために『森のわくわく倶楽部』というボランティア団体が活動をしています。
代表の高橋重治さんは役場の専門職としてこの森の立ち上げからずっと関わってきた人で、「森を整備すると同時に、月に一度は椎茸作りや鳥の巣箱作り、クリスマスリース作りなどをしています。桜の木も開花時期の違うものを10種類ぐらい約1200本植えています」と話してくれました。

その桜を楽しむ第11回桜まつりが、森の麓にある『かみごおりさくら園』で4月2日に開かれます。
少し時期的に早いのでは?と思いましたが、さくら園のそばにある『上郡ピュアランド山の里』の主任、八幡美穂さんによりますと「この辺りは神戸より早く咲くんですよ。満開になると、ここから下を見たら桜のじゅうたんの上にいるような感じになります」ということでした。

22日の段階ではちらほら咲きというところでしたが、まつりの時にはきれいに咲いているのではないでしょうか。

上郡ピュアランド山の里は上郡町唯一の宿泊施設で、レストランでは桜の時期の特別料理として花見膳を1日20食分用意しているそうです。

刺身、白魚のかき揚げ、八寸、地鶏のステーキ、桜花豆腐、ちらし寿司、湯葉豆腐の鍋、茶わん蒸し、吸い物、デザートと豪華版で3000円ですが、「ラジオ関西を聞いた」と言うと500円割り引いてもらえるそうですよ。

この料理は限定版ですから予約をしておくほうが良いでしょう。
TEL 0791(52)6388
FAX 0791(57)2030
このホテルの裏手にある小高い丘の上に、『出会いの丘の鐘』と名付けられた小さい鐘がぶら下がつていて、出会った2人がここで鐘を撞くと結ばれるとか。

見たところ昔の小学校の鐘みたいですが、効果があるかどうか試してみては如何ですか。キューピットも見守っていますので…。

ひと汗かいた後、山を下りて千種川を渡って旧市街へ。
先ず郷土資料館へ寄って学芸員の島田拓さんに上郡町の歴史を聞きました。

「上郡町自体は交通の要衝として生まれた町ですので、それに関連する遺跡が沢山あり、宿場町としての資料も価値の高いものがあります。赤松円心関連の物もありますので是非ご覧いただきたいですね」。
島田さんの話にもありましたが、この旧市街は山陰と山陽を結ぶ交通の要衝でしたので、昔は両側に大きな商家や造り酒屋などが並び、大いに賑わっていたそうです。
今も上郡駅は山陽線の駅と同時に北へ行く智頭急行の始発駅でもありますからね。
その名残のひとつに高い煙突が印象的な『ギャラリーひがし蔵』があります。

江戸時代から続く西脇酒造という造り酒屋の蔵を改造して、いろんな展示会やコンサートが開かれており、次は4月11日に馬頭琴の演奏会があるそうです。昔使っていた大きな木桶が並んだ前にステージがあり、桶が音響効果を高めるからナマの音が生きて来ると思いますね。

オーナーの西脇洋子さんも「響きが柔らかいんです。小さい音でもよく聞こえますし、音響機器も備えていますが本当のことを言うとナマの音のほうがいいです」と言うてはりました。

大きなひがし蔵のそばにひっそりとある「グラススタジオ刻」は香川県出身の川原有造さんの工房で、12年前から展示会用の制作に集中するためにこの場所に移住してガラス工芸の作品作りや、子どもたちへの体験教室を開いたりしています。
一日中1300度に熱せられたガス釜からゴーッという音が聞こえ、ちょっとした緊張感がありました。

新住民というと、3年前に神奈川県から田舎暮らしを求めて移住してきた長谷川清己さんと和歌子さん夫妻が経営している、町家風の民家を改装した「ウサネコ」というカフェがあります。

面白かったのは移住の動機で、ご主人曰く「道行く人が気軽に声をかけてくれたり、包み込んでくれるような町の雰囲気に一目惚れして15分で決めました。儲けはありませんが人の輪の広がりが嬉しいです」と笑ろてはりました。

私たちが歩いていても、すれ違う子供たちの誰もが「こんにちわ!」と挨拶をしてくれ、こっちも慌てて「こんにちわ!」と答え、何かええ人間になったみたいな気になりました。そんな空気の漂うのが上郡旧市街です。

最後に4月2日の桜まつりのチラシを見てください。

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  • 投稿者: yujihyogo
  • 投稿日時: 2017年03月26日(日) 22時19分

先月は神戸市東灘区の住吉川清流の道を歩いたのですが、今月は西隣の石屋川周辺を歩いてきました。
この周辺にもいろいろ面白い所があります。

先ず、阪急御影駅を降りて線路沿いに東へ100メートルほど歩いたところに、幅1メートルそこそこの遮断機がついた踏切があります。

柵がしてあって普段は一般の歩行者は通れないようですが、看板を見ると「墓道踏切道」と書いてあり、北側のマンションのそばに墓石が見えましたので、それ用のものでしょう。珍しいですね。

そこから少し南に下った所に、フィギュアスケートの羽生選手が参拝に来たことで有名になった()弦羽(づるは)神社がありますが、境内には御影石で作られたサッカーボールのモニュメントや日本代表のエンブレムにある八咫(やた)(がらす)が目につきます。

宮司の澤田政泰さんに聞きますと「当社は熊野大神をお祀りしておりますので、それにちなんだ八咫烏をシンボルにしております。それに戦前、阪神御影駅の近くにあった御影師範が日本で最初のサッカーチームを作り、全日本選手権で7連覇を果たしたサッカー発祥の地でもり、アイナック神戸のみなさんがご参拝に来られたりしていますので…」ということでした。

ここの絵馬はサッカーボールと同じ円形でした。

山手幹線を西へ行くと坂があり、石屋川が天井川になっているのがわかります。
川の手前に「御影の天神さん」と呼ばれている綱敷天満宮があり、約百本の紅梅や白梅が満開でした。

天神さんというと学問の神さんで受験シーズンには沢山の参拝客で賑わいますが、宮司の江藤和夫さんによりますと、最近は出足が随分早くなってきたそうです。

「普通は1月・2月がピークなんですが、最近は推薦入試が盛んで10月頃から来られますね。1月25日の初天神には来られた方に合格米などをお渡しするのですが、その時ではもう遅いような気がしますね(笑)、正月がピークという感じになりました」。

私も合格米をいただいて、石屋川の土手を少し歩くとJRの高架があって、その下に日本で一番古い石屋川鉄道トンネルの碑が見えます。

ナビゲーターをお願いしてる神戸アーカイブ写真館の東充さんの説明では「最初はもっと浜側の今の阪神電車が走っている辺りに線路を通す予定だったのが、『酒蔵の多い所に黒煙を吐く列車が走ると酒が腐る』と猛反対が起こり、やむなく今の天井川の場所にトンネルを掘って開通させた、いわば苦肉の策やった。」ということです。

土手の上はきれいな遊歩道で、御影石町4丁目の標識のそばに珍しいマンホール蓋がありまして、案内板に「御影町の名残をとどめる、町章のついたマンホールの蓋です」と書かれていましたが、よほど気を付けていないと通り過ぎてしまいそうな、御影が神戸市に編入される前の貴重な蓋です。


近くの御影公会堂も耐震化の改修がほぼ終わり、美しい色になっていました。


土手の上に古ぼけた木の案内板があるので見ると「〇〇道起点」と書いてます。
文面をよく読むと、ここが徳川道の起点やったそうです。

江戸から明治にかわる時に、参勤交代の武士と外国人の接触を恐れた幕府が、西国街道の迂回路として突貫工事で作った道ですが、直後の幕府崩壊であまり使われなかったようですね。

江戸時代に九州方面へのメインロードだった西国街道の生き残り?と思われる「西国橋」も近くにありました。

この辺り、歴史を感じますねえ。

歴史を感じるといいますと、もっと古い歴史を感じる場所がこの南にあります。
阪神電車と国道43号線の間にある処女(おとめ)(づか)古墳(こふん)です。

昔々、この辺りに美しい乙女がいて2人の若者が求婚をしました。どちらも美男子で決めかねた彼女は、生田川の水鳥を弓矢で射抜き勝った方と結婚すると言いました。しかし2人同時に命中させ決着がつかず、思い悩んだ乙女は生田川に身を投げました。2人の若者も後を追い、3人の死を憐れんで3つの塚が作られました。
処女塚を挟んで東西2キロのところに東求女(もとめ)塚と西求女塚があります。
この辺り、今は賑やかな場所ですが、アーカイブ写真館にある明治時代の写真を見ると田んぼの中にポツンとあり、そばを1輌だけの阪神電車?が走っているだけ。
                                       

更に国道43号線を西へ行くと北側に武庫の郷という甲南漬の本店があり、ここが今回の終点です。

店内には色んな種類の奈良漬けが並んでいますが、ここでの見どころは資料館でしょう。
昭和5年に建てられた旧・高嶋邸ですが、阪神淡路大震災では奇跡的にこの建物だけが残り、今は国の登録有形文化財建造物に指定されています。

昭和初期のお金持ちの家はこんなのかというたたずまいの中に、灘の酒蔵や甲南漬の資料が展示されてなかなか良い雰囲気でした。


今回のコースも距離的には大したことはなく、ゆっくり見て歩いても2~3時間あればよく、もう少しすると資料館前の桜も咲いてきますので、ぶらり歩きにもってこいではないでしょうか。

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  • 投稿者: yujihyogo
  • 投稿日時: 2017年03月06日(月) 14時21分

2月14日に新温泉町へ行って来ました。
新温泉町は海岸沿いの浜坂町と湯村温泉のある山沿いの温泉町とが合併して出来た町ですが、今回は湯村温泉の手前にある「兵庫県立但馬牧場公園」を中心に取材をしてきました。


但馬牧場公園は平成6年につくられたもので、広さは甲子園球場の約50倍ありますが、この日は大雪の日で、何日か前に降った雪と合わせてそこらは真っ白け。

公園課課長の田原和彦さんに聞きました。

「神戸ビーフや松坂牛のもとになっている但馬牛を但馬へ行っても見られないという声がありましたので、但馬牛のPRと生産振興の拠点として作られました。広さは210ヘクタール、甲子園球場の約50倍です。建物としては但馬牛のことを知っていただくための博物館や、本物の但馬牛を見ていただく牛舎、宿泊施設、レストラン、小動物と遊んでいただくふれあい広場、そして今のシーズンにはスキー場ですね」。

博物館には但馬牛の起こりから歴史、生い立ちについての解説や、肉用牛の改良に貢献したエリート種牛『谷福土井(たにふくどい)号』のはく製とか、畜産農家の道具などが展示されています。

「但馬牛の特徴は、食べた時の食味の良さが他に比べて群を抜いているということです。口溶けの良い脂で口の中に残らない、香りがよい、というのが最大の特徴ですね」ということでした。

牛舎はいつでも来園者は見学できますが、この日は雪に埋もれていました。

しかし中はきれいに掃除されていて清潔そのものです。

10頭の親牛とこの春に売りに出される子牛がいて、特に可愛かったのは生まれて間なしの赤ちゃん牛が、お母ちゃんと並んで立っている姿でした。


この公園内には農産物加工体験のできる施設もありまして、そば打ちやピザ作り、ソーセージ作りなど6~7種類ありましたが、その中から私はソーセージ作りに挑戦しました。

豚のミンチにコーンスターチや砂糖、酒などいろいろ混ぜて10分ほどこねて、ミンチメーカーという水鉄砲みたいな筒に詰め込んで押し出していくんですが、簡単なようでこれがむつかしいんです。

ゆでる温度や時間も決められていてアバウトでというわけにはいきません。
小一時間かかったでしょうか。
でも、出来上がりは上々でした。


併設されているスキー場やレストランは指定管理者として湯村愛宕山観光が運営しています。
支配人の坂本博和さんに聞きました。

「このスキー場の特色は小さいお子さんが雪だるまを作ったり、かまくらを作ったりして楽しめるスペースが広いので、安心して遊べるスキー場だということです。家族連れの方が多いですね。もちろん斜度が38度と言う難コースもありますので上級者の方にもお楽しみいただいております」。

「レストランでの人気メニューと言いますと?」
「やはり但馬牛を使ったもので、その中でも焼肉丼が一番人気ですね。タレも独自のものを使っておりますので是非一度ご賞味ください」
と言うことでしたが、私たちの食べたのは、間もなく登場する予定の『焼肉丼重』という更に美味しい一品でした。

但馬牧場公園は入園料も駐車料も無料になっていますので気軽に利用できそうです。

さて、折角新温泉町へ来たので湯村温泉へ足を伸ばしたのですが、案内されたところは人間の入る温泉でなくペット専用の施設でした。
『ワンニャン夢ハウス』と言って2年前にリニューアルされた、犬猫用の露天風呂のほか散髪したり爪切りしたり、ペットホテルがあったりと人間顔負けの施設ですが、私が行ったときはお客さんが居なかったので、チラシの写真で許してください。

トリマーの山中芙美さんの話ですと「猫はまだ温泉に入っていませんが、ワンちゃんは結構気持ちよさそうにしています。皮膚に良いとか関節に良いとか言われています。湯村の湯は美人の湯ですのでワンちゃんも美人になったり男前になったり…(笑)」ということですので一度試してみては如何でしょう。


なお、少し先の話ですが4月2日(日)に浜坂漁港せり市場で「ほたるいか祭り」がありまして、全日本わんこほたる選手権が開かれたり、クレーンで吊る釜揚げコーナーでは先着4000食の無料サービスもありますので、寒いのが苦手という方は暖かくなったこの時期にどうぞ。

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  • 投稿者: yujihyogo
  • 投稿日時: 2017年02月26日(日) 19時31分

 

今回は1月26日に東灘区の住吉川清流の道の周辺を、神戸アーカイブ写真館の東充さんの案内で歩いてきました。

 

この道は昭和30年代に渦森を削って東部第3工区と第4工区を埋め立てた時に、土砂を運ぶダンプカーが路上を走るのを避けるために、住吉川の川床を整備したもので、今は市民のウォーキングやジョギングのコースになっていて、片道2・5キロあります。

 

 

JR住吉駅南から市バス(渦森台行き)に乗って、白鶴美術館前で降りた近くが清流の道のスタート地点で公園になっていまして、ここには水飲み場やトイレ、腹筋ベンチや背伸ばしベンチなどもありました。

 

その中でひときわ大きく目立つのが「直轄砂防事業50周年記念」と書かれた大きな碑で、裏側に「昭和13年7月5日の阪神大水害を契機に始まった砂防事業50年を記念して、昭和63年7月に建てた」と書いてありました。

 

この辺りには阪神大水害や谷崎潤一郎や酒造りなどに関する史跡が点在しています。

 

酒造りに関しては、少し南に歩いた道路東側のグランドの中に「灘の酒造専用水道の碑」というのがありました。

 

六甲山の水を確保するために灘五郷酒造組合が酒造用の専用水道の設備を作った記念碑です。

但しこのグランドは網で囲まれていますので中には入れません。

 

更に歩いて阪急電鉄の高架の手前を東に行くと、住宅街の中に大きな石が道路と駐車場をまたいで鎮座しています。

 

これは「野寄の大石」と言って高さ2・1メートル、周囲が14メートルある花崗岩で、表面には百万年近く前に浸食されたと思われる穴が一杯開いています。

 

何でここにあるのか分からないのですが、のけるにのけられない代物で、何や分からんけど面白い存在ですね。

 

もと来た道に戻って、少し下った清流の道の西側に甲南小学校が見えて来ますが、この学校の東北の角に「細雪」と書かれた大きな石碑が置かれています。

 

これは甲南小学校創立75周年と谷崎潤一郎生誕百年を記念して、昭和61年11月に建てられたもので、谷崎潤一郎の書と小磯良平のデザイン(雪の結晶)という値打ち物なんですよ。


さて、川に沿ってもう少し下るとJRの線路がありますが、実はこの線路は住吉川の下を走っているので、覗きこまないと見えません。

 

ここは天井川で、この写真を見れば向こうが坂になっているのが分かります。

国道2号線に出て、東に歩くとコープこうべの生活文化センターがあり、その近くに大きな顔だけの「くび地蔵」と呼ばれるお地蔵さんが祀られています。

 

昔この地には花松地蔵という石仏が祀られていて、首から上の病気に霊験があると言われていましたが、大正の中頃に地元の人たちが新たに首から上の地蔵像を造ったそうですが、口紅を塗って、ちょっと生々し過ぎる感じがします。

 

国道に面して東灘区役所が建っていますが、その南側に東灘図書館と住吉だんじり資料館が3年前にできました。

 

本物のだんじりの他に各地区の法被とかミニチュアだんじり等が展示してありなかなか見応えがあります。

 

ロビーでは移動パネル展が開かれていました。

神戸アーカイブ写真館と神戸市広報課との共同企画で、神戸開港150年に合わせて明治の初めから昭和60年代までの色んな写真が展示されています。

 

東さんの話では市内にある9図書館でそれぞれ違う写真を並べ、一定期間ごとに移動させますので、3月ごろまで色んな懐かしい写真が楽しめますので、是非お近くの図書館でご覧ください。

 

ここでトイレを使ったあと、更に南へ行くと谷崎潤一郎が細雪を書いたといわれる松庵がありますが、中に入れるのが土曜と日曜だけなので、外観を写しただけでパスしました。

 

六甲ライナーの高架に沿って歩いて行くと、昔の住吉村と魚崎村の境を示す大きな石碑が建っています。

 

村やと言うても馬鹿にしたらあきません。

この辺りは大正から昭和にかけて財閥の私邸や別邸がどんどん建ち、日本一の金持ち村やったんですから。

 

朝ドラ「べっぴんさん」のモデル、坂野惇子さんの家もあって、彼女は魚崎小学校に通っていたそうです。

 

清流の道の名の通り、上流から下流まできれいな水が流れていて、魚や鳥の楽園になっています。

 

国道43号のガードを潜ると酒蔵の町で、菊正宗酒造記念館が見えて来ました。

 

水車の回る落ち着いた庭を見ながら館内に入りますと、昔の酒造り道具がずらっと並んでいます。

向こうの販売コーナーにきき酒のコーナーがありましたので、しぼりたての生原酒とすだち冷酒をチョビットだけグイ!

 

そこえ副館長の後藤守さんがやってきて説明をしてくれました。

「ここは江戸時代に建てられた酒蔵を酒造記念館にしたもので、阪神・淡路大震災で倒壊したのを建て直し、瓦礫の中から酒造用具や小道具を4年かかって掘り出して展示しています。ほとんどが国の重要有形民俗文化財に指定されている物ですので、ゆっくりご覧ください」

 

なお、2月25日(土)に「しぼりたて新酒」が楽しめる蔵開きがあるそうですよ。

 

清流の道はここまでですが、更に南へ200メールほど行くと海に出て、そこが住吉川の終点です。

 

小さな砂浜があって、向こうには六甲アイランドのビルが見えていました。

何となく感動です。

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  • 投稿者: yujihyogo
  • 投稿日時: 2017年02月06日(月) 05時48分

毎月1回、兵庫県内にある12の町(ちょう)を訪ねてレポートしていますが、今日は先ず各町の位置関係をご覧いただきましょう。

さて、そんな中で年明けの1月12日に稲美町へ行って来ました。
今回の取材の第一目標は、稲美町の学校給食が9年連続で近畿農政局長賞を受賞したと聞きましたので、どんな給食なのか見に行くことにしました。

稲美町には小学校が5つと中学校が2つありますが、学校給食のために3人の栄養士さんがいて、地産地消を中心とした1か月分の献立を作り、各学校で調理をして配食しています。

そのうちの1つ、町内で一番児童数が多い天満小学校へ行きました。

この日の献立は正月明けの初めての給食と言うことで、雑煮やブリの照り焼き、紅白なますです。

6年1組、みんなの笑顔が「美味しい」と語っているようですね。

食べ始めてから料理を写真に撮っていないのを思い出し、こんな写真になりました。
お恥ずかしい!


校長の石原克哉先生に聞きました。
「稲美町の給食は自校方式でやっているので、作りたてで温かいし、食材も新鮮だし、生産者にも学校に来ていただいて生徒と一緒に食べながら意見を聞いたり、そんなところが評価されたのではないでしょうか。最近は野菜嫌いの子どもが多いと聞きますが、こちらでは野菜の食べ残しはありません」ということです。
残ったふた切れのブリは、廊下で行われた希望者8人のじゃんけん大会の結果、2人のお腹へ吸い込まれました。

ちなみに、給食メニューの一番人気はカレーかと思っていたら、私が聞いたところキムチチャーハンでした。
こうしてみて見ますと、小学校の時から地元の野菜をおいしく食べる、いわゆる食育に力を入れているのがよくわかります。

稲美町は子どもだけでなく後期高齢者の介護予防にも力を入れており、12年前から町内の20地区の公会堂や集会所で「いきいき広場」というのを開いています。
いま問題になっている要介護の主な原因は、病気よりも地域社会との接触が少ないことにありますので、それをなくするため毎週1回、自分たちの生活圏の中で顔見知り同士がお喋りをしたり、ゲームをしたりして半日過ごします。
その内の、一つ「北新田いきいき広場」を覗いてみましたが、私が行ったときは小さい折り鶴を作ってはりました。

地元の加古小学校の修学旅行で広島の原爆ドームへ持って行くためのものらしく、単に時間つぶしのためではなく、意義のあることなので皆さん張り切って折っています。

その他、稲美町では「あたご大学」という老人大学もあり、いなみ文化の森で月に2回開かれています。

稲美町は野菜作りが盛んで、それを使ったこだわりの野菜せんべいを手焼きで作っている司篤製菓というお菓子屋さんがあります。

ジャガイモ、ホウレン草、サツマ芋、おから、ゴボウ、レンコン、紫芋、カボチャの8種類を自然そのままの色で、カボチャは種が、レンコンはスライスが表面にトッピングされているなど、見た目にも楽しく、味も野菜そのものの味が生かされていました。

「ジャガイモをふかして、そのまま擂り潰して、つなぎの澱粉を少し入れて、上からギュっと焼いており、ジャガイモそのもののせんべいです。ゴボウなどは強烈なゴボウの味で、これが女性に大人気でして、ちょっと商品の売れ行きが悪いなと思えば、これを前面に置くと必ず売れ行きが伸びるんです(笑)」と社長の村上博さん。

これらのせんべいは「五つ星ひょうご選定商品」で、ふるさと納税のお返しの品にもなっています

こだわりの商品というと、井澤本家という130年続いた造り酒屋があります。

5代目の蔵元とその息子さんと、伏見の大手酒造会社を定年で辞めた杜氏さんとで力を併せて納得のいく酒造りをしてはりますが、代表的なのは「倭小槌(やまとこつち)というお酒です。

試飲をさせてもらいましたが、やや辛口ですが、味が濃くてコクがあるのが特長でしょう。
「バブルの時代はうちも機械で大量に造っていましたが、10年ほど前から良いお酒を少しずつ造るようにしています。酒造りのための道具は使いますが、自動的に造るのではなく、米は甑で蒸しますし、麴は箱麹で手造りで全部やっています。特に『大地讃頌』というお酒は自分とこの田んぼで栽培した低農薬の山田錦を使っています」と代表の井澤孝泰さん。

5年前に伏見からやって来た杜氏の児玉世紀さんは「長年メーカーで酒造りをやってきましたが、こちらでは1本1本気持がこもっているという感じで、やり甲斐がありますね」としみじみと話してくれました。

向かって右が井澤さん、左が児玉さんです。

今回は稲美町の人づくりとこだわりの商品についての取材になりました。
来月は新温泉町へ行く予定です。

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  • 投稿者: yujihyogo
  • 投稿日時: 2017年01月22日(日) 19時07分

今回は12月15日に但馬の香美町へ行って来ました。
昨年は海側の香住地区を紹介しましたので、今回は山側の村岡地区を中心に取材をしました。

先ず向ったのが猿尾滝と言う、日本の滝百選に選ばれているきれいな滝です。
流れ落ちる様子が猿の尻尾に似ているところからこの名前が付いたそうですが、駐車場から滝つぼまで200メートル足らずの距離で、高齢者でも容易に側まで行けるので近年は観光バスでの見物客が増えています。

前日に降った雪が残っていました。
観光ガイドが6人いて、村岡観光協会で予約をすると(0796-94-0123)、ガイドさんがわかりやすく説明をしてくれます。
この日はベテランの西村寿さんが付いてくれたのですが、西村さんは兵庫県ボランティアガイド第1位に輝いた名物ガイドさんでした。

「この滝は2段になっていて、上が雄滝で39メートル、下が雌滝で21メートル、合わせて60メートルありますが、2つの滝が同時に見られるのは非常に珍しく、大概は1本の滝で、神戸の布引の滝も雄滝と雌滝の間が離れていますね。こうして2本の滝が一度に見られるのはここだけです。それに滝つぼの側まで来られるのも珍しく、そのためにマイナスイオンを十分に浴びられるので、健康に非常によろしい。疲労回復効果、安眠効果、精神安定効果、あとは自律神経調整効果…いいことばっかりです」。

西村さんの話を聞いていると、確かに健康によさそうに思えてきました。

滝つぼから流れる川床は150メートルの一枚岩が続いていて、夏になると近在の子供たちが、水中滑り台として楽しんでいるそうですよ。


次は但馬高原植物園へ。

植物園は冬期はクローズしていますが、12月23日からレストランの近くにかまくらを作り、「かまくらレストラン&バー」としてオープンしています。
レストランを運営する、むらおか振興公社の田丸明人社長に聞きました。


「香美町は牛の産地でもありますので、雪でかまくらを作って、中でバーベキューを提供したらどうかと思って始めました。誰も冷蔵庫の中で食事をした経験はないと思いますが、何とも言えない雰囲気の中で味わうバーベキューを是非一度体験をしてください」

「今日はオープン前なのでレストランで試食させていただくわけですね」

「そうです。バーベキューのメニューは但馬牛120グラムのBコース(4000円)から200グラムのSSコース(9800円)まで4コースありますが、今日は
SSコースをご用意しました。『但馬牛一頭丸ごとコース』です」

「一頭丸ごと?そないようけ食べられるかなあ」

「牛の部位を41に分けて、それを少しずつ食べ比べをしていただくという、恐らく世界でも初めてのことだと思いますので是非どうぞ」

運ばれてきたのがこれです。

これは2人分ですが、各部位が元々あった位置に置かれていて、それぞれタンとかツラミ、ネック、ザブトン、ミスジ、チカラコブ、カルビなどと書かれていて、実に見事な芸術品です。
食べるのが勿体ないような作品で、思わず記念写真をパチリ。
   
横にいる料理長の石原亮さんに「これはチカラコブで少し硬めの肉ですが味はかなり濃いですね。これはフィレでワサビと塩で食べていただくと良いと思います」と説明をしていただきながら食べましたが、まさに但馬牛の醍醐味を堪能しました。

これは珍しいし、美味しいし、満腹になるし、贅沢な昼食でした。
このSSコースは3日前までに予約が必要です。
(0796-96-1187)

冬の村岡といえば勿論スキー場を外せません。
ハチ北スキー場も17日のオープンを目指してゲレンデの準備で大忙しです。

ハチ北スキー場、所長補佐の田水聡将さんに聞きました。

「うちは上級4、中級6、初級4、合わせて14のコースがありますが、売りは何と言っても標高1221メートルの頂上ら一番下まで滑ると約4キロのロングコースが楽しめるのと、ハチ北と言えばモーグルの中心地ですので、モーグルコースが上級であったり中級であったりといろんなコースがあります。若者向けのボードで楽しむコースや、ファミリー向けや初心者用の初めてエリアもあり、幅広い皆さんに楽しんでいただけるスキー場だと思います」

「去年は雪不足で1月に入っても人工雪を作っていました。例年なら年内で終わるんですがね。今年はそんなことのないように願っています。」と田水さんは真剣な顔で話してくれました。


そらそうでしょう。天然の雪はタダですが、人工的に雪を作るのは凄い費用と労力が要るんですから。
今年はどうか雪が降りますようにと祈りながら、帰りの列車に乗るために香住駅に向かいました。

香住駅ではカニの爪がおいでおいでをしています。

「特急はまかぜ」の到着までに時間があったので、駅の前に新しくできた「魚や うおとく」と言う魚屋さんを覗きましたが、一見したところ喫茶店風で魚屋さんには見えません。

もちろん松葉がにや一夜干しのかれいなどがありますが、地元の人が買う魚の煮付けやせこがにグラタンなどもあり、カップ入りの香住鶴もありますので、列車のお供に如何でしょう。

と言うのは、香住駅には売店がないので缶ビールが買えないのです。(これは単に私の都合ですが、参考までに…)

今回の但馬取材は、久しぶりに往復播但線経由の列車の旅でしたが、なかなか情緒があって旅行気分の楽しい取材でした。

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  • 投稿者: yujihyogo
  • 投稿日時: 2016年12月25日(日) 11時18分

今回は「長田花水木クラブ」の皆さんと一緒に、三田の旧市街地にある「歴史の散歩道」の一部を歩いてきました。

長田花水木クラブは、いつも道案内をしていただいている東充さんのホームグラウンド、神戸アーカイブ写真館でのイベントや膨大な写真の整理のお手伝いをしている皆さんで、2ヵ月に1度ぐらい研修を兼ねて町歩きや山歩きをしているグループです。

神戸電鉄で三田まで行き、駅前の広い道から少し西に入ると、昔ながらの商店街がありまして、しばらく行くと万年橋と書かれた橋の欄干があり、近くに一条寺公園という小さい公園があって、そばにお地蔵さんが祀られていました。
向いの家の壁に大きな時計が埋め込まれています。
珍しいので写しましたが、公園で遊んでいる子どもに帰宅時間を知らせるためなのか、他に目的があるのかよくわかりません。


武庫川にかかる三田で最も古い車瀬橋を渡ると、アーケードのある商店街では日本で一番短いと言われる「車瀬橋商店街」がありまして、長さは50メートルぐらいでしょうか。

ちなみに、先日の神戸新聞に日本で一番短い商店街として沖縄の那覇にある「八軒通り商店街」が紹介されており、大人の足で24歩分、全庁17・8メートルだとか。

商店街を通り抜けると、昔のメインストリートだった三田本町通りで、近くに「三田本町交流館」があります。

ここは以前、秤屋でしたが10年ほど前に改装して、今はコンサートやヨガ教室など市民の交流の場として使われているそうです。
奥へ入っていくとピアノのそばに井戸があるので驚きました。

井戸は裏庭にあるものと思もてましたので…。

驚いたというと、2階の壁は土を塗らずに割り竹がそのままです。

見学に来た子どもたちに『昔はこうだった』と教えるために、敢えてそのまま残しているということでした。

この界隈、足軽町とか鍛冶屋町、屋敷町など歴史を感じさせる町名が多く、そういえば歴史を感じさせる赤い丸型ポストも何ヵ所か見掛けましたね。

市内に6ヵ所ある丸型ポストのうち5個がこの区域にあるそうです。

城下町らしく、妙三寺や正覚寺、西方寺などのお寺が固まっています。
妙三寺は詩人で芸術院賞を受けた三好達治が少年時代に過ごした寺です。

正覚寺の庭が立派だったのでちょっと拝借して記念写真をパチリ。


近くの足軽町には、日本で初めてビールを醸造した川本幸民の生家がありましたが、今はよその家になっているようです。


歩いていて、面白い名前の坂道を発見しました。その名も「牛くそ坂」。
三田藩の蔵に年貢米を運んできた牛が、あまり踏ん張りすぎて糞を垂れたと言われています。

今見るとそんなに厳しい坂に見えませんが、むかしは舗装もしていないし、下の方からもっと坂道が続いていたようです。

正式名ではありませんが、通称として残っていて、それをプレートで表示しているというのが愉快ですね。
この辺りは昔の武家屋敷のあとで大きな家が今も残っています。

ずっと歩いて行くと、小高いところに心月院という曹洞宗のお寺があり、ここは九鬼家代々の菩提寺です。

大きな立派なお寺で、裏手にある墓場の一角に戦後連合国軍占領下の日本で、吉田茂の側近として活躍した白州次郎の墓があります。
奥さんの正子さんと並んだ人型のお墓で、向かって右が次郎さんで戒名ではなく梵字で不動明王、正子さんは十一面観音と刻まれて、裏側に名前が彫られているだけでした。

何でも遺言で「葬式無用、戒名無用」とあったので、正子さんがデザインしたとか。

さて、三田と言えば九鬼さんですが、全部がお殿さんの家系ではなく、家来の九鬼さんの家系とか、血縁はなくて只の九鬼さんだとか色いろだそうです。
今回最後に寄った「旧九鬼家住宅資料館」は家老職の九鬼家の住宅で、明治の初期に建てられた全国でも数少ない偽洋風の建物です。

偽洋風とは洋風建築を取り入れて造った、和風と洋風が混在したもので、その頃の当主だった九鬼隆範が設計した住宅で、兵庫県の重要文化財になっています。
2階のベランダは北野町の異人館などで見られるスタイルですが、1階は完全に日本家屋ですね。


昼食は民家を改装した「ちーふのお店」という、4人掛けのテーブルが4脚だけというこじんまりとした、なかなか落ち着いた雰囲気のレストランです。

ハーフアンドハーフセットというのを食べたのですが、ローストビーフ、ゲタカルビ、スープ、サラダ、デザート、コーヒー、それにビールも飲んで、昼間からこんな贅沢をしてええんかなあ。


三田と言えば新しい街に目がいきますが、古い町には懐かしい魅力が沢山あります。
今回はコース的にも時間的にもゆったりとした、その名の通りのぶらり歩きでした。 

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  • 投稿者: yujihyogo
  • 投稿日時: 2016年12月04日(日) 20時05分

今回は11月24日に福崎町へ行ってきました。
福崎町は姫路の北にある内陸の町で、中国自動車道や播但連絡道、国道312号線が通っており、まさに交通の要衝という所です。


さて、福崎町と言えば「もち麦」が代名詞のようになっていますが、平成の初めごろから町や農家の方が力を入れて栽培を始め、今は町内6つの営農組合などで50ヘクタールの畑で作られています。 
丁度11月が種まきの時期なので、板坂営農組合の畑で山口譲組合長に話を聞きました。

「トラクターで耕した後、種と肥料と除草剤を一括して蒔いていきます。以前は粉の除草剤を使わず液体の除草剤を4人がかりで蒔いていましたが、去年から粉の除草剤を同時に使うことで人件費対策になるし高齢対策にもなっています。今年は天候の関係で水稲の刈り取りが遅れて、麦の種まきも少し遅れましたが、来年の6月には美味しいもち麦が収穫できると思います。米と麦を同じ田んぼで作っていまして、米は水を、麦は乾いた土地を好むという、米と麦とでは真逆の環境を好みますので難しいと言えば難しいのですが、麦は肥料と排水を重点的にやれば生産は上がるんです。それを疎かにすると駄目なんです」。

一般に有名なのは「もち麦麺」ですが基本的には白米に1割ほど混ぜてご飯として毎日とると健康に良いということです。
田んぼのそばで、新米で炊いたもち麦ご飯を頂きましたが、もち麦のプチプチ感が口に心地良かったです。


福崎町にある神戸医療福祉大学の豊山恵子教授たちが最近出版した「簡単美味しい!もち麦レシピ」を見ますとお土産品のもち麦麺やもち麦茶、どら焼き等だけでなく、サラダや炊き込みご飯、デザートなどいろんな料理に使われることがわかります。
「もち麦の持つ水溶性食物繊維『β―カロチン』が高血圧や肥満、便秘などに効果があります。冷凍して小出しでお使いになると、共働きの忙しい方にも使いやすい素材ではなでしょうか。」と豊山教授は仰っていました。

昼食は当然もち麦ご飯と思われるでしょうが、(去年の取材時はもち麦麺やもち麦ご飯)今回は全く違ってお寺のお接待の料理です。

神戸医療福祉大学と同じ高岡という地域に、天台宗の應聖寺(おうしょうじ)と言う1300年からの歴史を持つ立派なお寺があり、偶然にも取材日が天台大師会という法要があり、この日が大根たきの日だったのです。

この寺は関西花の寺25霊場の一つで、沙羅の寺と言われ、お庭は兵庫県の文化財に指定されている寺で、それを取材するつもりが大根たきに目が移り軸足がそっちに行ってしまいました。

「今日は報恩講と言って天台宗では一番大事な法要の日なんです。だからお見えになった方みなさんに中風除けの大根を食べていただくのと同時に、この地方で江戸時代から伝わる『いとこ煮』も食べていただきます。畑で採れた大根やこんにゃく、人参、小豆など畑の兄弟、従兄弟をさいの目に切ったものを一緒に炊いています。」と住職の桑谷祐顕(ゆうけん)さんが話してくれました。

座敷には既に大勢の人が食事の最中で、お世話をする人も大忙しです。

テレビでよく見る京都のお寺の大根たきは、ぶつ切りの大根だけの一人芝居だったと思いますが、こちらのは飴色になった大根のほか人参、ごぼう、ほうれん草、油揚げとオールスターキャストで、脇を固めるいとこ煮はさいの目に刻まれた大根、人参、こんにゃく、小豆に片栗粉をからめ、その上に柚子の皮を置くという芸の細かさです。

その他、なますに味噌汁、漬物、新米のご飯と、まことに贅沢な昼食でした。合掌!

このお寺でもう一つ私の興味を引いたのが、山門の前に横たわる大きな涅槃仏です。
頭と足は石造で、胴体部分がサツキの生垣という珍しいもので、10メートル近くあるでしょうか。

この写真ではちょっとわかりづらいかもしれませんが、赤い紅葉の右下です。
近づいてみると、こんなにでっかい仏さんでした。

桑谷住職によりますと、この涅槃仏は先代住職の手造りなんだそうです。

「平成3年に余命3ヵ月と診断されて寺へ帰ってきた時に、『人間には自然治癒力がある』と言って、抗がん剤をはじめ痛み止めなど他の治療を止めてしまったのです。それから2年ほどしたら起き上がるようになって、それから又コツコツと石で足を彫り始めたんです。」

「と言うことは、あの頭も先代住職が作りはったんですか。」

「そうです。2メートル近くありますが、病気になる前に作っていました。で、足の部分も作って、胴体部分は自分が30年かかって育てたサツキを入れて作ったのがあの涅槃仏なんです。沙羅の時期になると赤や白やピンクの花が咲いて衣の様に見えるので、私たちは『花衣』と呼んでいます。秋には葉が茶色くなって衣替えをしてくれるんです。」

へえー、すごいなあ。

これが足の裏です。大きいでしょ。


庭の紅葉は12月の初め頃までが見頃で、住職さんは「知る人ぞ知るです」と仰っていました。


福崎町で最近人気があるのが辻川山公園の池から出る河童ではないでしょうか。
福崎町出身の柳田国男の「遠野物語」に河童の話があるので、去年から河童のフィギュアを作って、池から顔を出すようにしたところ、ちょっと気味が悪いのですが、これが人気になりました。

そこで今年は天狗のフィギュアを作って河童と一緒に見てもらおうというわけです。
河童は池から出てきますが、天狗は空を飛ぶので宙ぶらりんになって、もち麦どら焼きをくわえて出てきます。

毎時0分丁度に河童が出て、しばらく後に天狗が出るという具合に、15分ごと1時間に4回出てきます。
天狗の後ろに見えている藁屋根の家が柳田国男の生家で、この辺りは桜の木が多いので、その時期には天狗と生家と桜が一度に楽しめるでしょう。

来月は但馬の香美町へ行く予定です。

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  • 投稿者: yujihyogo
  • 投稿日時: 2016年11月27日(日) 21時03分

今回は「バス旅ひょうご」というチケットを使って篠山へ行ってきました。
このチケットは兵庫県バス協会が企画を立てて、県内4つのブロック(北淡路、丹波篠山、西播磨、但馬・奥播磨)の路線バスやコミュニティーバスを利用して、通常料金の半額ぐらいで観光をしてもらおうというもので、11月の末までの予定で、実験販売されているものです。

10月25日に、このチケットを使って篠山の古い町並みを歩いてきました。
丹波篠山1デイフリーきつぷ800円で、モデルコースとして➀陶の郷と丹波篠山日帰りコース②播州清水寺と陶の郷日帰りコース③福住・篠山ふたつの町並み日帰りコースの3つのコースがありますが、このうちの③のコースを選びました。
JR篠山口駅から11時13分発の篠山営業所行きの神姫グリーンバスに乗ります。

路線バスですから途中で病院の前とか店の前とか何か所も停まりますので、時間は20分ほどかかりますが、何となく地元の人間になったみたいな気になり、観光バスで行くのとまた違う雰囲気が味わえます。


篠山営業所から登下校時はスクールバスになっているバスに乗換え福住という宿場町へ着いたのが12時過ぎでした。
国選定重要伝統的建造物群保存地の福住は江戸時代、京・大阪への京街道の宿場町として栄え、商家が軒を並べていたそうです。

本陣もあったのですが今はその跡が小学校になっており、その代わりに福住の町へ入った所に当時の本陣を真似た市営住宅が建っていました。


停留所の近くに「安田の大杉」と言う県指定文化財になっている樹齢7~800年、高さ30メートル以上の大木があり、そのそばに「一本杉」という地域の人がやっている農家レストランがありましたので、700円の定食をたべました。



唐揚げや玉子焼き、薩摩芋サラダ、黒豆味噌を使った具沢山のみそ汁など田舎の味を堪能したのは良かったのですが、実はここで食事をしたのが失敗でした。

と言うのが、福住発の篠山営業所行きバスは13時12分が最終で、あとはスクールバスに変身するのでこれに乗らないとダメなので、町歩きの時間が余りなかったのです。
このコースでは福住の滞在時間は1時間足らずですから、時間いっぱい町歩きをして、城下町に戻ってから昼食をとった方が無難だと思います。(反省!)

と言うわけで、午後1時半ごろに篠山営業所へ帰り、そこから城下町を歩きました。
神姫バス篠山営業所の近くに架かる京口橋を渡ってしばらく行くと昔の商家の町並み(河原町妻入り商家群)が約700メートル東西に続き、歩き終わったところが篠山城のお堀です。

途中に江戸時代から昭和初期にかけての町家や土蔵が並び、商店や能楽資料館、丹波古陶館などがあり、初老の二人が散策を楽しんでいました。

今から40年以上前に子供二人を連れて夫婦でこの道を歩いた時、丹波焼の壺を買って帰ったのを思い出しました。
店の名前も値段も忘れてしまいましたが…。

お堀に着いたので、近くの文化施設を幾つかのぞくことにして、先ず城跡にある篠山城大書院(おおしょいん)です。

篠山城は徳川家康が大阪城攻略のために造らせた天下普請の城で、天守を持たずに二の丸にあったこの大書院が公式行事に使われていました。
昭和19年の火災で焼失しましたが、平成12年に昔のままに復元されたものです。
お堀の北側に青山歴史村というのがありますが、これは篠山藩主の青山家の別邸で青山家ゆかりの品々や、全国的にも珍しい漢学書関係の版木が1200枚余りあり、その一部が展示されていました。

こじんまりした所ですが、中庭などなかなかいい雰囲気の場所です。


ここを出るとお堀の西側にお徒士町武家屋敷群というのがあり、ここは馬を持たないお侍さんの家が両側に並んでいる道で、そのうちの一軒が安間家(あんまけ)資料館として公開されていました。

安間家は12石3人扶持と言いますから、ごく普通の武士の家でしょう。


もう一か所、日本で一番古い木造の裁判所(篠山裁判所)が歴史美術館になっているのですが、残念ながら時間の都合で立ち寄れませんでした。
私は二階町を17時過ぎに出るバスに乗る予定でしたので、ここは次の機会に残しておきます。
ぐるっと歩きながら4館を巡るには3時間ほどみておく必要があるでしょう。
観光案内所にレンタサイクルがありますので、それで回るのも良いかもしれません。
最後にお城周辺の地図を入れておきます。

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  • 投稿者: yujihyogo
  • 投稿日時: 2016年11月06日(日) 18時23分