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遊児のひょうごぶらり歩き!

「遊児のひょうご『町』歩き」番組内容

コメンテーターの西條遊児が、兵庫県内の『町』のさまざまなスポットを巡り、レポートします。

  • 2018年1月14日(日) 05時27分

    「西條遊児のひょうご町歩き㉞」1月15日(月)放送

    今回は兵庫県播磨町へ行ってきました。
    播磨町は明石市と加古川市の間にあり、面積が兵庫県で一番小さい自治体です。9平方キロ余りで3キロも歩けば町の外へ出るというぐらいの広さですが、交通の便がいいこともあって、人口密度の高さは太子町と並んで1位2位を競っています。そんな小さな町ですが、ここには兵庫県で一か所しなない施設があるんです。
    「兵庫県のり流通センター」と言って、県内で作るのりの品質検査や入札をする所が古宮漁港の近くにあります。
    12月から養殖のりの刈り取りと生産が最盛期に入っており、のり流通センターには県内28漁協から製品が集まってきます。

    古宮漁港にも、あまり大きな規模ではありませんがのり加工の工場がありまして、のりの出来るまでの工程をざっと見せていただきました。

    朝に刈ってきたのりを船からバキュームで吸い上げ、洗い機でごみを取ったあと細かくして、しばらく熟成させてから生のり調整機で水とのりを調合するという一連の工程で仕上げていきます。

    播磨町漁業組合の藤原正照組合長によりますと、昔に比べて養殖業者も高齢化してきて減っていますが、機械化のおかげで収穫量や品質は変わらず年間600万枚生産しているということでした。

    全国でのり生産量の1番多いのは佐賀県で兵庫県が2位、そして福岡県熊本県と続き、上位4県のうち3県が九州勢で兵庫県がその中で唯一頑張っているという、モンゴル勢の中で頑張る横綱稀勢の里みたいな存在であります。
    センターの中には「兵庫のり」と印刷された段ボール箱が壁みたいに積み上げられていますが、1箱に3600枚入っています。

    ちなみに日本全国で生産されるのりの数は75億枚で、そのうち兵庫県で生産されるのりは15億枚で全国の約20パーセントやそうです。このあと5月ごろまで10日に1回の割で入札会が開かれますので、その前に各漁協から送られてくるのりの品質を検査して等級をつけていかねばなりません。等級も細かく分ければ100以上に分かれ、それがみんなセリの値段にかかってくるんですから検査員も大変です。

    兵庫漁連のり海藻部長の藤澤恵一さんによりますと、兵庫のりの特徴は「ご飯をのりで巻いたときに丁度いい柔らかさになって、色も良くなるので寿司のりとして人気があります。節分の恵方巻きは兵庫のりに限ります」というわけ。

    さて、次に向かったのは北本庄3丁目という住宅地です。人口密度が高いということで播磨町も農地の宅地化が進んでいますが、逆に住宅地の中に農園を作って成功している例をご紹介しましょう。
    3年前にオープンした横山農園は、住宅地の中に残った田んぼにビニールハウスを建てていちごを栽培し、これが美味しいと好評でこのほど播磨町第一号の認定農業者になりました。

    経営するのは今年35歳の横山大地さんで、7年前に会社勤めを辞めて4年の農業修行後、独立してビニールハウス4棟でスタート。「住宅地の中にあるというのが一番の特徴ですね。スーパーなどと違って朝どりの新鮮ないちごを食べていただけるのが嬉しいです。周りの人が沢山買いに来てくれて、足りなくなったので、少し離れた田んぼを借りて3棟増やしました。」と話します。

    家と家との間にビニールハウスが7棟、1棟に長さ35メートルの畝が3畝。いちごの品種は3種類で、私は「美味しいベリー」というのを食べたのですが、きれいな色のべっぴんさんで名前通り美味しかったですよ。

    ご覧のように目の前が住宅地ですので農薬はできるだけ使わず、ハダニ対策には天敵を入れたりミツバチを入れて受粉させたりしています。

    聞きますといちごにはミツがないんだそうですね。と言うことはハチはタダ働きと言うことになるのでしょうか。横山農園のいちごは去年から播磨町商工会の推奨品にも選ばれています。

    播磨町商工会会長の森田孝さんにお聞きしますと、播磨町ブランドをアピールするため、地元産の優れた商品を認定しているそうで、推奨品には「大中遺跡せんべい」とか「太中古代茶」など地域性のあるものから「布団仕立て直し」や「紙貼り箱」などユニークなものもあり、カレーうどんまで入っています。(森田さんの持っているのは1月18日まで行われている土山駅前のイルミネーションのポスターです)

    話のタネに、そのカレーうどんを食べに行きました。

    「わびすけ」というお店で、元来は割烹の店ですが10年ほど前にカレーうどんも始めたようです。その理由をご主人の前田一也さんに聞きますと、播磨町には昔からカレーうどんで評判の「めん坊」というおうどん屋があったんですが、浜幹線を延長する予定地になったため立ち退きになりました。

    「ある日、突然めん坊の主人が沢山のうどん鉢とカレーうどんのレシピなど全部持ってきて、この味を継いでくれ、あとを頼むと言うんです。うちは割烹でカレーうどんなんか作ったことないので迷っていたんですけど、3日ほど付きっ切りで出汁の取り方を教えてもらって始めることになったんです」。

    「今もレシピ通りの味ですか」

    「私も職人ですから、ちょっと自分の味をと思うこともありましたが、そこは封印してレシピ通りに作っています。今はその味が身に付きましたが、初めの2~3年はほんまに神経を使いました」(笑)。
    うどん鉢をみると「わびすけ」でなしに「めん坊」と大きく書いてます。

    食べてみると今風の味でなく、昔懐かしい、お袋を思い出すカレーうどんの味でした。同じ味を引き継いで守っていくのは大変なことで、ご主人の度量の大きさと忠実さに感服した次第です。

    今回は食べ物の取材が中心でしたが、ひとつ珍しい墓石を教えてもらいましたので紹介しておきましょう。
    播磨町出身で日本の新聞の父と言われるジョセフ彦が、両親のために建てたといわれる墓石が、横山農園の近くにある蓮華寺という真言宗のお寺の境内にありました。

    明治4年に作られたもので、文字がはっきりと読めなかったのですが、表側に4人の戒名、裏側に英語で「ペアレント アンド ファミリー ジョセフ ヒコ」と彫られているのがかすかに読めたので、両親と家族の墓石だと思います。

    地元では「横文字の墓」と呼ばれているそうです。

    次回は福崎町へ行く予定です。