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遊児のひょうごぶらり歩き!

「遊児のひょうご『町』歩き」番組内容

コメンテーターの西條遊児が、兵庫県内の『町』のさまざまなスポットを巡り、レポートします。

  • 2017年9月3日(日) 14時33分

    「西條遊児のひょうご町歩き㉙」 9月4日(月)放送

    神戸市の西北隣りにある兵庫県加古郡稲美町へ行って来ました。
    稲が美しく稔るという町名の通り、稲作のほか野菜や果物も豊富な田園都市です。稲美町の特徴のひとつはため池が多いということでしょう。地図を見れば一目瞭然、町内には88のため池が点在し、「稲美のため池群」として文化庁の文化的景観にも選ばれています。

    その中には兵庫県で一番大きい「加古大池」や一番古い「天満大池」などがありますが、最近は農業用水の他にウオーキングやセーリングなどスポーツをはじめ自然観察やレジャーなどにも使われています。

    そのうちのひとつ溝ヶ沢池の近くの「いなみの水辺の里公園」へ行きました。
    2・6ヘクタールの自然いっぱいの敷地の中に、山小屋風の「学習展示棟」や「魚のおうち」、「チョウのおうち」、「ごろっぱ」、「観察池」などがあります。

    この日は児童館との共催で、親子の藍染め教室が「ごろっぱ」と呼ばれる広場で開かれていました。
    公園内で育てた藍の葉っぱをミキサーにかけ、絞った汁にシルクの布などを入れて染めるのですが、水洗いをするときれいな空色になるんです。
    私もご覧のように参加して(と言っても水洗いしただけですが)、きれいな色のスカーフの完成です。

    こちらは、布の上に置いた葉っぱを金槌でトントン叩いて染める「叩き染め」。
    葉っぱの色が布に移っていくので、これなら小さい子供でも大丈夫。

    非常に単純な作業ですが、化学的な染料にない自然の持つ色合いがいいですね。

    さて池と言えば、天満大池に神輿を投げ入れて豊作を祈る、天満神社のお祭りが10月にあります。
    若い衆に担がれた神輿が境内を一周して、土手の上から池に投げ込まれ、そのあと池の中で練りあわされるんやそうです。

    (稲美町提供写真)
    藤田仟磨宮司の話によりますと「もともと池を大事にする神さんとしてお迎えしたので、水に馴染んでもらうよう池に入っていただいてたんですけど、池の土手がだんだんと高くなってきたので、上から放り込まな仕方がないんで…(笑)。毎年祭りが終わったら当番の地区がきれいに修理をするんです。」とのことでした。

    ちなみに今年の秋祭りは10月7日(宵宮)と8日(本宮)ですが、最近は県外からの参拝者も増えてきたそうです。
    この神社には稲美町の有形文化財になっている「天神曼荼羅」というのがあります。
    菅原道真の一代記の絵巻物を掛け軸にしたもので現在は非公開なのですが、取材ということで少しの時間だけ拝見できました。

    「もともと京都の北野天満宮ある鎌倉時代の絵巻物が、天満信仰が全国に広がる過程で、曼荼羅とか絵巻物がコピーされて全国に保存されてきました。こちらの物は掛け軸スタイルで室町末期から江戸初期のものと思われます」と稲美町の藤戸翼学芸員が解説をしてくれました。

    それにしてはきれいに色も残ってましたので、相当大事に保管されていたんでしょう。

    この天満大池のそばに「にじいろふぁ~みん」というJA兵庫南の直売所がありますが、ここは生産、販売、加工までを一貫して手掛ける、農業の6次産業化の拠点施設としておととしの11月にオープンした所です。

    道を挟んで南側に去年6月から「にじいろ農園」という貸農園ができました。121の区画があって、一番多い約10坪の広さの区画で年間24000円で借りられます。大きな茄子がまだぶら下がっている場所もありますが、夏野菜の収穫はほぼ終わっていました。

    「ここの強みはプロというか、私たちJAの職員が側にいますので、何かわからないことがあれば気軽に聞いていただけることでしょうね。休憩していただく管理棟はエアコンもきいて、トイレもきれいと好評です。」とはJA兵庫南の佐藤大輔さん。

    この後は冬物野菜の植え付けになりますが、まだ区画に余裕がありますので、関心のある方は農園に電話で問い合わせてください。(079-495-7002)
    これは冗談ですがと言いながら、「もし万一収穫に失敗しても、向いのにじいろふぁ~みんで買って『収穫品や』と持って帰ることもできますし…」と笑っていました。

    昼食には稲美町の名物と言われている「天ころうどん」を食べてきました。

    写真で見ると、単につけ麺の天ぷらうどんの様ですが、食べてみると出汁が美味いし、天ぷらの衣がシャキッとしているんです。店主の辻本義雄さんに聞きました。

    「ころというのは香露と書きます。冷蔵庫のない時分は出汁を地中に埋めた甕で熟成させて、地上と地中の温度差で甕のふちに付いた露にまでいい香りがするので香露うどんと言います。それが地元でころうどんと呼ばれています」。

    「感動したのは天ぷらの衣ですが、行儀のええ子みたいに、最後までシャキッとしていますね」

    「あれはうちのブレンドの小麦粉を使ってカリッとするように仕上げています。出汁がしみ込みにくいように、最後まで食感がいいように、そんな粉を使っています」

    作り方は門外不出でしょうが、40年の老舗のお店で、土曜日曜には行列ができるんですつて。

    地元では「いなみうどん」で通ってますが、正式には「香露の里いなみ」といいます。

    最後におまけの話題をひとつ。
    稲美町では今年の6月から婚姻届が新しいスタイルになりました。
    普通、役所で出す婚姻届は1枚で出しっ放しですが、ここは複写式になっていて2枚目に記念写真が貼れるようになっていて、持って帰ることができるのです。2人のいい思い出になるでしょう。
    ロビーには記念写真を写すコーナーもあり、私が代わりにパチリ。

    えらいロートルの花婿で申し訳ありません。
    次回は但馬の美方郡新温泉町へ行く予定です。

  • 2017年8月19日(土) 17時39分

    「西條遊児のひょうご町歩き㉘」 8月21日(月)放送

    今月8日に上郡町へ行って赤松円心を中心に取材をしました。
    千種川に沿って国道373号を北へ行くと「中世の武将、赤松円心の郷」と書いた大きな立て看板が見えてきます。

     ここが赤松円心出発の地なんです。
    近くに宝林寺という赤松一族の氏寺があり、その境内に「円心館」と言う建物がありました。

    中には兵庫県の有形文化財である赤松三尊像をはじめ円心に関する資料が展示されています。

    赤松円心は鎌倉時代から南北朝にかけての村上源氏の流れをくむ武将で、足利尊氏と組んで室町幕府を建てた人物です。
    住職の向田雅昭さんによりますと「袈裟をまといながら刀を差していますので、怪訝に思われる人もあると思いますが、これには訳があります。昔の武将は戦いの後、亡くなった武士の冥福を祈るためお寺を建て、高僧に寄進してその場を去りました。しかし円心は武士でありながら仏門に入って、亡くなった武士の冥福を祈り続けた、そういう慈悲深い人やったんですね。だから地元の人は今でも円心公と呼ばずに『円心さん、円心さん』と心安く呼んでいます」ということです。

    川向うに赤松一族が住んでいたといわれる屋敷跡があり、昨年から発掘調査が行われており、生活で使われた土器類が沢山出ています。

    この日は発掘体験の日ということで、地域の小学生も参加していました。
    「ここは赤松小学校の跡地でもありまして、子どもたちに体験してもらうことで、自分たちの地域に歴史的な人物がいたんだという郷土愛にもつながればと思っています」と学芸員の島田拓さんが話してくれました。

    近くにある智頭急行の駅名も「河野原円心駅」とその物ズバリで、駅前に「落ちない城白旗城」と書かれた旗がなびいています。

    近くにある、高さ440メートルの白旗山に円心が建てた白旗城は、総勢6万の新田義貞軍の猛攻にも落ちなかった難攻不落の城で、これにあやかって上郡町では去年から受験生をターゲットにして「落ちない城白旗城プロジェクト」を立ち上げました。
    上郡駅の案内所に置いてある絵馬に願い事を書いて、白旗城の周辺3ヵ所にある絵馬掛け所に掛けると合格間違いなし?というわけです。

    そのひとつが円心駅にもあり、ホームに上がる階段途中に沢山の絵馬がぶら下がっていました。

    夏休み中は上郡町役場の1階ロビーに「落ちない城白旗城 自習スペース」も作られ、廃校になった小学校で使っていた机と椅子が置かれています。

    さて、上郡町のもうひとつの代名詞はモロヘイヤですが、今年から新しくモロヘイヤを使ったピザが登場したと聞いて、早速食べに行きました。
    船坂地区に「陶酔房」という土曜と日曜のお昼だけ営業している洒落たレストランがあり、オーナーシェフの衣本幸子さんが完全無農薬の野菜やハーブを使った料理を提供しています。

    モロヘイヤはもちろん自家製のもので、「匂いもそんなにきつくなく食べやすいので、結構お客様には評判が良いですね」と衣本さんが言うように、口当たりがよく、お腹にすーっと入っていきました。

    広い庭に色とりどりの奇麗な花(ハーブとか食用花)が植えられていて、それらを使ったサラダも登場します。

    「ラジオ関西の三上公也の情報アサイチ!で聞いた」と言うとランチの後にスフレチーズケーキかプリンのサービスがありますので、行ってみてください。プリンは絶品の味でしたよ。但しこのサービスは9月末までですからご注意を!
    ランチメニューはハンバーグやスペアリブ、グリーンカレー、ピザなど日によって変わることもありますので、予約をしておくと無難です。℡ 0791-56-6191

    秋の味覚と言えばぶどうですが、上郡町には13のぶどう園があります。以前は観光ぶどう園もありましたが、ここ数年前からぶどう狩りは止めているんだそうです。船坂にある樫本ブドウ園で樫本祐一さんに聞きました。

    「だんだんと組合員も高齢化してくるし、以前ほどお客さんも多くないし、対応する人手もいるしというようなことで、今は直売だけにしています。そのほうがお客さんにとっても新鮮そのものが買えるので好評で、次の年からはメールや電話で注文していだいて、お盆過ぎから9月末まで大忙しです」

    「それだけ信頼してもらっているということですね」

    「有難いことですわ」

    樫本ブドウ園では40アールの広さに100本のぶどうが植わっており、1本に約100房のぶどうが生って、ある程度大きくなると袋をかけていくのですが、なんぼAIが発達しても、大きさや形、高さなどがみな違いますので機械化は無理やろうということです。

    今のところ順調に育っていますが、このところの極端な気候の変化が心配の種で「例えば、熱帯夜が続くと色づきが悪いし、日照りのあとに急に大雨が降ると裂果するし、とにかく自然に逆らわんようにして面倒をみてやらないかんのです。その代わり一生懸命面倒をみてやると、よお言うことを聞いてくれます」と汗を拭きながら話してくれました。

    樫本ぶどう園では約20種類のぶどうが、太陽の恵みをいっぱい受けて美味しそうに実っていましたが、予約制ということですので前もって電話をしておいてください。℡ 0791-55-0359

    来月は稲美町を歩いてきます。

  • 2017年7月16日(日) 19時52分

    「西條遊児のひょうご町歩き㉗」 7月17日(月)放送

    今月11日に兵庫県佐用町へひまわりを見に行きました。
    合併前に南光町と呼んでいた地区に120万本のヒマワリが6つの地域に分かれて植えられており、それぞれ1週間から10日ほど時期をずらせて7月から8月上旬にかけて順次開花するようにしています。

    私の行った日はその皮切りの宝蔵寺地区で25万本のひまわりが見事に咲いていました。

    自治会長の木南嗣男さんによりますと、雨に泣かされた去年に比べて、今年の出来は上々ということです。

    畑の周りには地域の人たちが作った案山子が沢山立ってお客さんを歓迎していますので、私も子供の案山子とパチリ。

    7月15日から30日までは南光スポーツ公園周辺で「ひまわり祭り」が開かれ、ひまわり迷路や世界のひまわりなどが登場しますのでお楽しみください。

    夏の主役ひまわりも8月末には刈り取られ、種がひまわり油に変身します。
    畑から15分ほど北に車で走ったところに「南光ひわまり館」があり、ここの地階でひまわり油が作られています。

    営業主任の小久保ちほさんに聞きますと、種から油になるまで9つほどの工程を経て1週間かかるんやそうで、手間ひまをかけた製品なんですね。

    売店を見ますと本命のひまわり油は勿論ですが、ひまわり飴やひまわり煎餅、ひまわりカレー、ひまわりうどん、ひまわりドレッシングとひまわりのオンパレードでした。

    さてここで、最初の取材予定にはなかったのですが、今年から佐用町に新しく登場し、やがて佐用町の名物になるかも?という物をご紹介しましょう。
    「佐用学び舎農園」という次世代農業のモデルプラントで、廃校になった中学校のグランド一杯に大きなビニールハウスが15棟並んでいて、中を覗いてみるとトマトがびっしり植わっていました。

    いま流行りの水耕栽培ではなく、土にこだわった土耕栽培ですが、使われている水がウルトラファインバブル水という新技術を使った水なんだそうで、この水を少し絞り気味に与えることで甘さが増したトマトが出来るんですって。

    年間通じて毎日150キロを出荷すると言いますからトマトの生産工場ですね。
    佐用高校の農業科学科の生徒が実習に来たりしているといいますから、彼らが将来、新しい農業の従業員として地元に残ってくれるかもしれません。
    普通のトマトとミニトマトの間の中玉トマトで、「夢茜」というブランド名で大阪や神戸のデパートで、ちょっと高級感のあるフレッシュトマトとして販売されています。
    もちろん地元の道の駅「宿場町ひらふく」でも売っていました。(1ケースに6個入って290円)

    道の駅宿場町ひらふくは18年前にでき、今年の春にリニューアルしました。

    売店にはひまわり油はもちろん、地元の特産品「ばあちゃんの混ぜご飯の具」や「こんにゃく」なども人気商品やそうです。地元産ではありませんが、宝くじも売ってました。

    昼食は道の駅のレストランで「ひらふく定食」を食べたのですが、手作りこんにゃくの刺身や混ぜご飯、特産自然薯の饅頭、天ぷらなど地元の素材にこだわったいちおし定番メニューだそうです。

    もうひとつの人気メニューである、こんにゃくラーメンは売り切れで残念ながら食べることができませんでした。

    道の駅の近くに私設の観光案内所がありました。
    観光案内所というと、一般的には行政とか商工会などが運営しているのですが、個人でやっているというのは珍しいですね。
    武田殖一(しげいち)さんが自宅のガレージを改装して、佐用町内の観光地を紹介する写真やパンフレットを並べているのですが、町角のたまり場という感じです。

    武田さんは「町を賑やかにしたいし、生き甲斐とボケ防止を兼ねているんです」と笑っていました。

    佐用川沿いの土蔵の見える川端は相変わらずの人気スポットで、この日もアマチュア画家が3人、それぞれの場所でスケッチをしていました。

    先日の神戸新聞で報道されましたが、道の駅の向いの山上にある利神城跡が国指定の史跡に指定されそうで、これが決まれば新しい観光名所になると思われます。
    373メートルの利神山の上に立つ山城で、石垣が崩れる恐れがありますので今は登ることはできません。
    その代わり道の駅にある展望デッキに上がると城跡がよく見えますし、眼下には智頭急行の平福駅も見え、運が良ければ特急列車とコラボの写真も撮れそうです。

    町では指定に備えて石垣の修繕など保存整備を進める予定だということです。

    今回の町歩きも新しい発見があり楽しい旅でした。
    来月は上郡町を歩く予定です。

  • 2017年6月18日(日) 18時35分

    「西條遊児のひょうご町歩き㉖」 6月19日(月)放送

    今回は今月14日に多可町を歩いてきました。

    多可町といえば今やラベンダーの町として知られていますが、「ラベンダーパーク多可」が出来たのは10年前で、杉やヒノキの森林を切り開いて公園にし、地元の人が育てた約3万株のラベンダーが植えられています。

    品種はフレンチラベンダー(5月中旬~6月上旬)、イングリッシュラベンダー(6月中旬~6月下旬)、ラバンディーラベンダー(6月末~7月中旬)の3種類で、私の行った時はイングリッシュが咲き始めていました。

    NPO法人北播磨ラベンダー理事長、藤原博喜さんの話によりますと、ラベンダーは暑さと湿気に弱い花で、北海道みたいに梅雨がなく比較的涼しい所は良いのですが、西日本では育てるのが難しいそうです。
    「しかし難しいから値打ちがあるので、地元の人の協力を得ながら、もうちょっと頑張って西日本一のラベンダー公園にしたいと思っています」と言うてはりました。

    一番の見頃はラバンディーが咲いてくる6月下旬からで、今年は7月2日に「ラベンダーパーク多可フェスタ」が開かれ、ラベンダーの摘みとりやクラッシュソーダの早飲み競争など楽しそうなイベントが用意されています。

    新しいところでは、ラベンダー畑の上側に一昨年の暮れから「聖獣の森」ができて、チェンソーアートの世界チャンピオンの作品が展示されていいます。

    森に羽ばたく大きな鳥や鹿、熊など現在9体ですが、毎年増やしていきたいそうで、聖獣ですからどの動物にも羽があるんです。
    一番大きな作品の前で写してもらいましたが、なんか黄金バットみたいですね。

    この公園はラベンダーの開花シーズンは有料ですが、それ以外の時は無料で開放されていますので、周りの雄大な景色とともに聖獣の森の散策なんか楽しまれては如何でしょう。

    ここでのもう一つのお楽しみは、ごはん亭の「たまごかけごはん」で、ご飯のお代わりや玉子のお代わりは何回しても450円ポッキリ!多い日には600個ほどの玉子が出ていくというほどの人気メニューです。
    私の今回の昼食は、先日東京ビックサイトで開かれた食肉産業展の地鶏コンテストで堂々2位に輝いた、播州百日どりを使ったチキンカツを食べてきました。

    「多可あじわい御前」と言って消費税込み1026円ですが、歯触りのいいチキンカツの他に、たまごかけごはんは食べ放題ですし、それに飽きたら長芋の小鉢も付いていますので、とろろご飯にして食べてもOKと満腹間違いなし。

    この公園は、他に加工体験館や香り工房でアロマセラピーなども楽しめるんですよ。
    私はここで体験教室担当の丸山裕子さんに教えてもらいながらルームスプレーを作りました。

    あらかじめ用意された7種類の香り(ラベンダーとかローズウッド、ペパーミントなど)のうちお好みのものをブレンドして作るのですが、半時間ほどで自分の部屋専用の香りができました。

    今回もう一か所寄ったところは東山古墳群と言う兵庫県指定の史跡です。

    妙見山の麓に広がる7世紀ごろの古墳群で、ボランティアガイドの竹内宏企さんによりますと「この辺りには円墳ばかりですが300ほどの古墳があったといわれています。現在16基が整備されていて、その中でも1号墳は県内最大級の石室があり、特に12号墳にあった陶棺は非常に珍しいもので東山古墳が一躍有名になりました」ということです。

    この陶棺は隣接した「那珂ふれあい館」に展示されていますが、思ったより小さく、恐らく子供が葬られていたのではないかと竹内さんが言うてはりました。

    那珂ふれあい館は平成16年に東山古墳群が整備されたときに、そのビジターセンターとして作られ、古墳から出土した遺物を中心に展示していると同時に、多可町の歴史や文化を材料にて毎週土日に、勾玉づくりや埴輪づくり、素焼きのお地蔵さんづくり、杉原紙を使ったランプシェードづくりなどの体験イベントを開き、歴史を身近に感じてもらう工夫をしています。

    私もランプシェード作りに挑戦しましが、なかなか面白いものでした。
    指導員の山口文枝さんに教えてもらいながら杉原紙をちぎって、膨らませた風船に貼っていくんですが、子供の頃の障子の張替えを思い出しましてね。

    紙が乾いたら風船を割って形を整えてやるとこうなります。

    この中に小さいライトを入れやると、幻想的な明かりが心を癒してくれることでしょう。

    今回の取材は体験が多く、ラベンダーパーク多可ではハンドケア体験で、両手の肘から先をアロマセラピーしてもらいました。

    普段は手入れをしてませんので手もビックリポンですわ。

    びっくりしたというと、多可町ならではの珍しいものを見つけました。
    ラベンダーパーク多可にあった香りの出る自販機です。

    ダイドードリンコとラベンダーパーク多可がコラボして製作し、町内に5か所ほど置いているそうで、2秒ほどボタンをおすとラベンダーの香りが噴霧されます。飲み物は有料ですが香りは無料でした。
    多可町へ行かれたら探してみてください。

    来月は佐用町へ行く予定です。お楽しみに!

  • 2017年5月14日(日) 18時16分

    「西條遊児のひょうご町歩き㉕」 5月15日(月)放送

    3巡目に入った「ひょうご町歩き」ですが、今回は5月10日に市川町へ行きました。市川町は兵庫県の真ん中にあるハート型をした、自然豊かな人口約13000人の町です。

    今回はその中でも、去年あたりから活発になってきた新しい動きなどを中心に取材をしてきました。先ず行った笠形山の麓にある上牛尾地区というところは、恵まれた自然の中で地域ぐるみでオーガニック栽培を盛り上げようとしていまして、その拠点の一つが笠形会館です。

    廃校になった小学校の分校を改装して、地域のコミュニティーセンターとして活用されていまして、教室をいろんな形で利用しています。例えば「運命の木」の展示室というのがあり、ここは出来たばかりなんですが、大きなのこぎりや太い木の切り口などが展示されています。


    これは50年前の姫路城の昭和大改修の時に、市川町にある笠形神社の御神木が心柱の半分として使われ、その時の資料が展示されているのです。心柱の半分というのもおかしな話ですが、郷土史家の柳瀬龍吉さんによりますと、大天守を支える西側の心柱の上半分が市川町の檜で下半分が木曽山中から伐り出された檜なんだそうです。

    心柱にするには直径1メートル以上の檜で高さが25メートル以上、しかも真っ直ぐでなかったらアカンらしく、諸般の事情で2本を接ぎ木させることになったのですが、合わせてみると実に見事にピッタシカンカン、今も現役で頑張っています。生まれも育ちも違う2本の木が、まさに運命に引き合わされるようにドッキングに成功したというので、「運命の木」として教科書の副読本にも登場しました。
    詳しいことは笠形会館でご覧ください。

    この笠形会館の中に「かさがたオーガニックファーマーズ」と大きく書かれた部屋があります。「この牛尾地区の牛尾武博さんが36年前から有機農業を始め、それを慕って都会から就農希望者がやって来て、現在6組がここで有機農業をしています。それをもっと広めようと去年からオーガニックファーマーズの活動をはじめました。使われなくなった田や畑を就農希望者に斡旋したり、農業体験をしてもらうことで町を活性化していけたらなあと思っています。作業の辛さもありますが有機農業の楽しさもあり、それを市川町を通じて感じてほしいのです。」と事務局の牛尾祐美子さんが話してくれました。

    まもなく北海道の旭川から就農希望者がやって来るので、その圃場や住まいの斡旋をしているところだそうです。
    メンバーのひとりの永菅裕一さんは「棚田LOVER‘s」という地域活性化グループを作って、都会の人たちに農山村の魅力を伝えるイベントなど開いています。「美しい棚田を未来へつないでいくために自然体験や田植えなどを通じて、本物の良さを知ってもらいたいんです。最近は生き方を見直したり、食や体のことを考えている若者が多くなっていますので、そんな人たちに私の体験を伝えていきたいですね。」という永菅さんのグループに、東京から帰ってきた井上瑞紀さんが加わりました。

    「私はここで育ったのですが、2年間東京で働いて市川町のことが好きだったのに気づきました。今は都会からやって来る人たちに、逆に市川町の良さを教えてもらっています」と笑っていました。6月24日(土)には彼らが主催する「ヨモギと人の縁むすび市」というのが、かさがた温泉で開かれます。懐かしいヨモギ団子やヨモギ天ぷらカレー、ヨモギオイル、ヨモギ温泉、ヨモギ夕ごはん会など、ヨモギまみれになりそうな1日が予定されています。

    市川町の自然を利用した宿泊施設「リフレッシュパーク市川」にも昨年から新しいものがいくつか登場しています。

    「例えばアマゴつかみの池を復活させ、そこで取ったアマゴを囲炉裏で焼いて食べていただきます。今はまだ川の水が冷たいのですが、夏場になると涼しくて子どもさんだけでなく大人の方にも喜んでいただいております」と所長の福富宏三さん。

    実際に私もアマゴつかみに挑戦して見事?にゲットしました。

    囲炉裏の炭火で焼いたアマゴも美味しかったですよ。

    その他、新しく整備したどんぐりの森ハイキングコースは1時間ほどで一回りできるので家族連れにはいいでしょうし、雨が降っても子どもが楽しめるようにミニ四駆サーキットや段ボール迷路なども作られました。人気の「かぶとむしどーむ」は今年も6月24日から8月20日まで開いています。
    この「かぶとむしどーむ」の近くに、サバイバルゲームが楽しめる森が今年からオープンしました。エアソフトガンでの撃ち合いを楽しむゲームなんですが、担当の川戸章さんの話では、皆さん戦闘服に身を固め自前の鉄砲持参で一日中楽しんではるようです。

    勿論レンタルのエアソフトガンもありますが、滑らないような靴とか擦りむかないような服装は自前でお願いしますとのことです。私も試しに撃たしてもらいましたが、銃自体がずっしりとしていて、連射するとダダダダーン!と迫力がありました。

    弾は正露丸ぐらいの大きさで、プラスチックではなく、トウモロコシの澱粉などで作った6ミリのBB弾なので、いずれは土に返る環境に優しいものですが、それでも顔に当たると相当痛いのでマスクやゴーグルは必需品だそうです。会社のグループがやってきて、上司が「今日は私が敵になるから思いっきり攻撃してくれ」というのもあるそうで、ストレスを発散させるには良いかもしれません。但し「かぶとむしどーむ」の開催中はサバイバルゲームはお休みです。

    さて、市川町といえばゴルフの国産アイアンクラブ発祥の地で、ふるさと納税のお返しの品として大人気の商品です。

    そんな市川町で10月22日(日)に第2回ゴルフまつりが開かれます。去年は1回目ということで割りに地味でしたが、今年はちょっと違いそうですよ。今年は民間の知恵も入れながら、河川敷の市川ゴルフで『喜楽★喜楽GOLFフェス』と銘打って楽しいイベントになりそうです。

    運営委員長の原野建さんに聞きました。

    「このイベントの趣旨は地域活性という目標がありますので、いわゆるゴルファーだけでなく女性や子どもを含めたファミリー層に来ていただいて、みんなが楽しめることを考えています。例えば女性は美と健康に特化してマッサージやネイル、子どもにはパッティンググリーンを使ってゴルフ体験、親子ペアにはパターコンペ、ゴルファーにはディスクジョッキー入りのニアピン大会など、このゴルフ場を目一杯使った楽しいものを考えていきます」。

    10月22日といえばゴルフシーズン真っ只中の日曜日。そんな日にショートコースとはいいながら、1日開放するんですから市川ゴルフも相当根性が入っています。
    今回取材して感じたのですが、地域を活性化するために30代、40代が頑張っている、成果は何年か先になるでしょうが、なかなか元気のある町でした。