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山崎整の西播磨歴史絵巻

  • 2019年11月17日(日) 08時30分

    赤松居館跡と宝林寺

    2019年11月12日(火) 放送 / 2019年11月17日(日) 再放送

    今回で上郡町の山城を締めくくります。白旗城から西北の麓にある赤松居館跡と河野原の、赤松氏の氏寺・宝林寺を取り上げます。国史跡の白旗城は代々、赤松惣領家の本城として最も重要な位置を占めていました。ただ、海抜440メートルの白旗山上から尾根や谷にかけて、東西350メートル、南北約850メートルにわたって築かれた曲輪群は、そもそも赤松円心が、新田義貞の軍勢を迎え撃つために築いた防衛拠点でした。

    一方で、平時の生活拠点は麓の赤松居館にあったと思われます。居館は赤松集落の一段高い所にあり、東西約105メートル、南北約55メートルに広がります。発掘調査により遺構を3面確認していまして、最も浅い第1遺構からは礎石柱の列や溝、廃棄土坑や柱穴などが見つかりました。出土物から第2遺構は、14世紀半ばごろ、円心の三男・則祐の時代と見られ、第1遺構は14世紀から15世紀初頭ですから、則祐の息子・義則の時代のものでしょうか。

    実は、この赤松居館跡の広場北側の崖下にある藪の中に、苔縄城の立派な城址碑が移されています。苔縄城は愛宕山にあったのかが疑われるためですが、愛宕山から千種川を挟んで北東へ2キロ近くも離れているのは少し不思議な気もします。

    赤松居館跡は現在、旧赤松幼稚園の建物を活用した「赤松の郷 昆虫文化館」が整備されています。館内には上郡町の自然を加味しながら、館長の相坂耕作氏が収集した資料を中心に、播磨が生んだ偉人、森為三博士や生物学者・岡本清氏の遺品とコレクションのほか、昆虫の標本など数万点を所蔵しています。

    そうした資料を、生物学・民俗学・歴史学の観点から分かりやすく展示し、「暮らしと昆虫」との関わりや「害虫との戦い」について理解できるようになっています。ありがたいことに、入館は無料です。ただし、開館は原則、土・日・祝日だけですのでご注意ください。

    最後は、菩提寺の法雲寺とともに赤松氏ゆかりの宝林寺です。この寺は、円心の三男・則祐が現在の岡山県和気町に、法雲寺と同じ雪村友梅を開山として建立した臨済宗の寺院でしたが、火災で焼失後の1355年に現在地の上郡町河野原に移し、惣領家の氏寺としました。

    代々、高僧が住持を務めたため法雲寺と同様「十刹」に列しました。赤松惣領家の庇護によって、則祐の跡を継いだ義則の頃、塔も建立され、全盛期には河野原一帯に寺域が広がる大寺院となっていました。衰退期を経て江戸時代に真言宗へ改宗されて再興しました。境内の円心館には円心・則祐・千種姫の「赤松三尊像」と、雪村ともされる別法和尚の坐像が安置されており、いずれも県の文化財です。また則祐の建立と伝わる宝篋印塔などもあります。