番組内容
山崎整が兵庫県西播磨地域の歴史の魅力をお伝えします。
放送は終了しました。ご愛聴いただき、ありがとうございました。
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2018年7月15日(日) 08時30分
坂本城(上)
2018年7月10日(火) 放送 / 2018年7月15日(日) 再放送
たつの市新宮町馬立にある「城山城」については、これまで何度も角度を変えてお話してきましたが、やはり1441年に起きた「嘉吉の乱」の結果、この城で赤松満祐ら一族郎党が自決して、いったん赤松氏が断絶した事実が最大の出来事でした。「城山城合戦」として広く知られます。それ以前、赤松氏は播磨国守護としては現姫路市の書写山南西の麓を拠点に領国支配をしていました。その根城「坂本城」は、今回の「西播磨の山城」エリアからは外れますが、赤松氏がかつて中心にした所ですので、例外的にこの坂本城を詳しく見ていきましょう。
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2018年6月24日(日) 08時30分
城山城と嘉吉の乱
2018年6月19日(火) 放送 / 2018年6月24日(日) 再放送
これまで、何度も「城山城」についてお話してきましたが、何と言っても赤松氏がこの城で一度断絶した事実が最大の出来事でした。なぜ赤松一族が籠城の末、滅ぼされなければならなかったのか。これは、もうお分かりのように「嘉吉の乱」の結果です。赤松円心の長男・範資が亡くなった後、宗家を引き継いだのは三男・則祐でした。その息子・義則のさらに息子・満祐、つまり円心の曽孫が、第6代将軍の足利義教を殺害したのが「嘉吉の乱」でした。名前の読みが同じで紛らわしいですね。満祐の父・義則は、義理の義に規則の則で、殺された将軍の義教は、同じ義理の義に「教える」という字です。