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三上公也の朝は恋人

  • 2020年3月22日(日) 03時01分

    長崎・軍艦島へ!

    春休み前半は長崎へ。天気に恵まれ軍艦島クルーズに参加。

    前回は悪天候で上陸出来ずでしたので5年ぶりのリベンジとなりました。

    長崎港を出て40分ほどすると端島、通称軍艦島が見えてきました。沖合18kmにある島です。
    18kmの沖合にある島の見学コースが設けられた南東エリア。

    海底炭鉱の島で最盛期には約5300人もの人がこの島で暮らしていたそうです。

    日本初の鉄筋コンクリート造りの高層住宅
    炭鉱が閉山されてから46年が経ち風化が進んでいます。

    小さなお地蔵さんがあります(写真中央)

    島の正式名称は端島(はしま)ですが、見える形から軍艦島と呼ばれています。南北約480m、東西約160m、周囲約1200m、面積約65,000㎡という小さな島です。

    この日は波も穏やかで念願の上陸を果たしました!

    2015年に「明治日本の産業革命遺産 製鉄・鉄鋼、造船、石炭産業」の構成資産の一つとして世界文化遺産に登録されました。この島にある「明治もの」はこの赤レンガの構造物、

    そして護岸に築かれた石垣のみ。

    ならばと赤レンガの前で記念撮影。

    そのほかのものは明治以降の大正・昭和の建造物。日本の近代化を支えた産業遺産ですが島には病院や学校、商店、そして映画館やパチンコ店などの娯楽施設もあったそう。家庭にテレビがまだ普及していない1960年代にこの島の普及率は100%だったとか。いかに華やかな時代があったかということが語り継がれています。

    プール跡。レーンを表す白いタイルが残っていました。

    1916年(大正5年)に建てられた30号棟。日本最古の7階建て鉄筋コンクリート造りの高層アパートといわれています。左となりは北からの風を避けるための暴風棟にもなった31号棟

    建物の風化が進みつつも緑は増えているのだそう。

    正面は端島小中学校跡。給食設備も整っていたとか。手前は貯炭場跡。鳥居が連なったように見えるのはベルトコンベア跡。

    島は風雨にさらされ、波も高いことが多く日々風化は進んでいます。

    上陸記念証明書を貰いました。

    土産に本物の石炭も。ただし発火物である石炭は航空機内に持ち込めないので写真だけ撮って返却。

    軍艦島クルーズ会社は数社あり、いずれも事前予約が必要です。