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三上公也の朝は恋人

番組内容

懐かしの名曲を中心に三上公也アナウンサーのセレクトで、月曜日から木曜日の朝のひとときを音楽で彩ります。
また、エンタメ、スポーツ、ライフスタイルなど、一日の始まりに入れておきたい情報もお伝えします。

  • 2026年2月16日(月) 03時00分 カメラ

    八丈島への離島旅⑨~旅の3日目は八丈島の郷土芸能、特産品「黄八丈」の工房、玉石垣を見学し空港へ

    八丈島旅の最終日。朝食後、八丈島の郷土芸能である「樫立踊り」と「八丈太鼓」がが鑑賞出来る服部屋敷跡へ

    「樫立踊り」は「樫立の手踊り」とも呼ばれ、江戸時代初期から中期にかけて流行した風流歌に合わせて踊るという風習が起源だそう

    江戸時代に流人や漂流者、江戸と八丈を往復した御用船の乗組員たちによって伝えられた各地の唄や踊りを、島人たちが八丈島ならではの盆踊りに合わせたものです

    東京都無形民俗文化財に指定されている郷土芸能でこの日の手踊りの演目は12種類

    樫立踊り保存会のメンバーが八丈島名産の黄八丈を着て登場

    1人の歌い手が伴奏なしでゆっくりとしたテンポで歌い、踊り手たちはそれに合わせて踊ります

    八丈太鼓の披露も

    保存会メンバーの継承も言われていますが、高校生メンバーの女の子はこの春卒業。進学のため島を離れることに・・・
    売店で黄八丈の布地を使った小銭入れを記念に購入


    入口の玉石垣は去年10月の台風22号の影響で崩れていました

    八丈島の特産品である黄八丈のめゆ工房へ

    八丈島で唯一の黄八丈の染織元

    絹糸を草木染めにして手織りされています

    工房内では黄八丈の高価な着物も展示販売されていましたがその価格900万円でした!なんと高価な!

    空だけ見ると南国風ですが風が強く吹き体感的には寒い日でした

    島内観光の最後に訪れたのが「大里の玉石垣」

    玉石垣とは荒波に削られ角のとれた丸い石だけを使って積み上げられた石垣のことです。島内のあちこちで見られますが、かつて島庁がおかれたここ大里地区の玉石垣が規模・保存状態ともに最良とされています

    かつて流人が海岸から運んで積み上げたといわれています

    地元の高校生が数を数えたところ7万5000個あったとか

    「六方積み」といわれる手法で規則正しく積まれています(ひとつ中心に据えると周囲6個の石で囲まれています)

    これまで地震や風水害で一度も崩れたことが無かった玉石垣ですが、去年10月の台風22号の影響で初めて崩れました

    最大瞬間風速が54.7mというとてつもない風で木々が揺さぶられ、その木の根が石を動かしたようです。そのため木々が伐採されていました

    石垣が初めて崩れてわかったことですが、石の形はまちまちで積み上げた時に同じように見えるように考えて規則正しく積まれていたのです。ちなみに石1個の重さは20kg以上あり、これを流人たちは何キロも離れた海岸から山道を越えて運んできたといいます
    復旧工事は手つかずのままでしたが、大里地区では無電柱化の整備事業が行われています。より歴史を感じられる景観スポットになっています

    地中に埋める資材が置かれていました

    予定の島内観光を終えて空港へ

    展望デッキに通じる階段。トビウオが描かれていました

    この日は晴れていました

    しかし風が強く吹いていました

    八丈島空港は羽田との間をANAが1日3便運航しているほか、TAL(東京愛らんどシャトル)がヘリコプターで伊豆諸島間を結んでいます

    出発まで時間があるので空港内の喫茶・レストランで食事

    明日葉ラーメンを注文

    明日葉の葉と茎、厚めのチャーシュー、メンマなどがトッピングされていました。スープはあっさりしょう油

    麺にも明日葉が練りこまれています

    食後は飴をなめながら時間を過ごし、搭乗のため保安検査場へと向かいました

    離島旅八丈島編レポートつづく・・・

  • 2026年2月11日(水) 03時00分 バス

    八丈島への離島旅⑦~島寿司の昼食のあと歴史民俗資料館そして末吉温泉みはらしの湯へ

    八丈植物公園の見学のあとは三根にある「あそこ寿司」へ。創業70年の島内の人気寿司店で、今の御主人は2代目。なんで店名が「あそこ」なのか。なんでも先代のお父さんが店名を付ける際に、お客さんが「あそこに行こう!」と気軽に行けるようにと名付けたとか。

    島の近海で採れた旬の魚で握られた島寿司

    島寿司は寿司種を醤油ベースのタレに漬けてヅケにして山葵の代わりに芥子を使っているのが特徴。シャリの味も大きさも程よく美味しゅうございました!

    吸い物の椀種は飛魚のすり身に岩のり

    出汁も美味しかったです

    食後に店の前の石の道を散策

    途中ハート型の石を発見!

    赤松交通の前あたりでした。島内にいくつかあるとか

    食後は八丈島の歴史や暮らしなどが紹介された八丈島歴史民俗資料館へ

    レトロ感ある建物ですが、もともとは1939年(昭和14年)に建てられた東京府の八丈支庁の庁舎で、1975年(昭和50年)5月1日に開館しました。1999年(平成11年)には本館が国の登録有形文化財になりましたが、建物の老朽化や耐震性の問題から改修工事が行われ去年10月にリニューアルオープンしました

    多くの考古資料や島内各地域から収集した民俗資料・文化財などが展示されています

    ガイダンスシアターで流人の罪の説明がありましたが罪の内容も色々。一揆を起こしたリーダーだったり幕府から恐れられた国学者・宗教家も。中には知人が吹き矢で燕を射るのを見ていたとか、江戸城で井戸に蓋をし忘れたことで猫が落ちて死んだからという理由で流人となった人もいたようです

    駐車場脇には高倉が展示されていました

    八丈島の生活様式を知る上で貴重な建物とのこと。東京都指定有形文化財になっています

    このあと島の東の末吉地区にある温泉「ふれあいの湯」に向かいますが、途中大坂トンネルの手前に立ち寄りました


    ここは八丈島の代表的なフォトスポット。裾野を広げる八丈富士、玄武岩が広がる南原千畳岩海岸、そして左手に八丈小島が望める場所。晴れていたら海が八丈ブルーに映りさぞや綺麗なことでしょう。この日はあいにくの小雨模様

    こんな説明看板がありました

    季節によって太陽の沈む位置も変わるのです

    そして末吉温泉みはらしの湯へ

    島内には三原山の麓の樫立(かしたて)、中之郷(なかのごう)、末吉(すえよし)の3つの地区に合わせて6か所温泉があります

    ここは末吉地区にある温泉でやや高台にあります

    続々と地元の人が訪れていました

    みはらしの湯というだけあって露天風呂からは太平洋が見渡せました!(写真は駐車場から)

    柔らかい湯でちょっと舐めたらしょっぱかったです。聞けばここが最も塩味があるとのことでした

    休憩室には沢山の色紙が飾られていました。芸能人の方々も来られているようです

    温泉前まで路線バスが走っています

    運行本数はわずかです

    この末吉地区は去年10月の台風22号で大きな被害を受けました。瞬間最大風速54.7mの風が吹いたそうであちこちで家屋の倒壊や土砂崩れなどが起きました。死者が出なかったのが奇跡ともいわれています

    避難所にもなった小学校は土砂に襲われたそう。車窓から見えました

    島内にはブルーシートに覆われたままの建物もありました。復旧作業は3か月経ってもなかなか進んでいないと聞きました

    離島ゆえのハンデもあるようです
    離島旅八丈島編レポートつづく・・・

  • 2026年2月10日(火) 03時01分 カメラ

    八丈島への離島旅⑥~ふれあい牧場・八丈植物公園へ

    ホテルを出発し標高854mの八丈富士の7合目に広がる「八丈富士ふれあい牧場」へ

    昭和42年に設立された町営牧場です

    ここには多くの黒毛和牛やジャージーが放牧されています

    牧草地で放牧された牛たちがのんびり過ごしています

    一般公開されている「ふれあい牧場」ではありますが牛に触れてはいけません。時々脱走する牛がいるとか・・・

    遊歩道の先にある展望台

    八丈島が一望できるスポットとして人気の場所。展望台右手に見えた八丈小島

    正面に三原山

    その麓に八丈島空港の滑走路が見えました

    左手の先に野球場も見えました

    そして振り返れば八丈富士の勇姿が。穏やかそうに見えますがこの日も強い風が吹いていました

    ふれあい牧場内にある建物

    ベランダから見える光景

    八丈島の酪農・畜産の歴史を示すパネル写真がありました

    八丈島は暖かいところと思っていましたが、こんな雪が降り積もった時もあったようです

    続いて訪れたのは「八丈植物公園」

    入口にあるのは玄武岩で造られた八丈島地図。手前が三原山、向こうが八丈富士

    その間には滑走路も

    さらに八丈小島も大きさを合わせて再現

    約22haの広大な公園で8つのゾーンに分かれていて島の自然や文化に触れることが出来る都の施設です。これだけの広さがあり維持管理も大変だろうと思うのですが温室なども含め入園無料!ありがたいと思うと同時にちょっとビックリ・・・

    南国を思わせるヤシ類

    ガジュマルの木

    植物公園に来た目的のひとつは「キョン」に会うこと

    中国南東部から台湾にかけて生息する原始的なシカの仲間で、犬のようなその鳴き声に由来するとか。山上たつひこの漫画「がきデカ」に登場する八丈島のキョンはこれがモデルだそう。数頭いましたが皆じっとして日向ぼっこしていました

    園内の木々はいかにも南国ムード

    ブーゲン広場

    八丈島の豊かな自然を紹介する「八丈ビジターセンター」。休憩施設でもあります

    こんな情報掲示板がありました

    島内には通行止め区間があるのです。登龍道路通行止めのため登龍峠展望台には行けませんでした

    いずれも去年10月に島を襲った台風22号の爪痕です

    クラフトコーナーに飾られた馬

    ビジタセンターの隣の温室へ

    トックリヤシ

    ブーゲンビリア

    サンタンカ

    ストレリチア

    メインエントランスからつながる道

    石の部分は溶岩である玄武岩が使われ、土の部分はスコリヤと呼ばれる噴火で空中に飛び散った溶岩が急激に冷えた細粒状の砂礫。いずれも水はけが良くこうした施設では積極的に使われています

    火山島ゆえの利用促進ですね。このあとは昼食を取りに「あそこ」に移動。
    離島旅八丈島編レポートつづく・・・

  • 2026年2月3日(火) 03時01分 カメラ

    八丈島への離島旅②~まずは大賀郷エリアへ

    八丈島は島の中心となる三根(みつね)、空港南の大賀郷(おおかごう)、その東側の樫立(かしたて)、さらにその東の中之郷(なかのごう)、末吉(すえよし)の5つのエリアがあります。まずは空港から程近い大賀郷エリア内の観光スポットを訪れました。
    最初に訪れたのは宇喜多秀家の墓

    宇喜多秀家は豊臣五大老のひとりで、豊臣秀吉の養女となった前田利家の娘(豪姫)を正室に迎え前田家とは姻戚関係にありました。関ヶ原の戦いで敗れ島津氏を頼って薩摩に逃れたものの幕府に見つかり囚われの身に。妻の実家である前田家の執り成しで死罪は免れたものの2人の息子や家臣らとともに八丈島への流罪となりました。流刑地の島といわれる八丈島ですが、秀家が最初の流人となった人物といわれます。

    孫九郎秀隆と小平次の墓

    秀家は50年もの長きにわたって島生活を送り83歳で亡くなったということですが、その際流人の墓を建てることは許されず後々になって子孫が五輪塔を建てたとのことです。そしてこんな石が置かれていました。備前宰相といわれた秀家ですが、平成になってから岡山城築城400年を記念してこの礎石が運ばれたそうです。粋な計らいですね

    墓に参ったあとは島の最東端にある「大越鼻灯台」へ

    公共トイレの屋上が展望スペースに。以前は灯台の麓まで道があったそうですが、無人化されて草木が茂り道が消えてしまったそう

    島の北西7.5km離れた場所にある八丈小島。以前は人が住んでいましたが現在は無人島になっていて、今では準絶滅危惧種であるクロアシアホウドリの繁殖地になっているそうです

    振り返ると八丈富士の頂上付近が見えました

    麓にはアロエが植わっていてオレンジ色の花が咲いていました

    ここには昔小学校が建っていたとか

    八丈町立永郷小学校があった場所で碑には校歌も記載されていました

    こんな海辺に小学校があったのですね

    そして島南部の南原千畳岩海岸へ

    ここは八丈富士が噴火した際に流れ出た溶岩が海に流れ落ちてできた溶岩台地

    ごつごつとした黒い溶岩岩が広がっています

    大きな玄武岩

    この日は冷たい強風が吹き荒れ、時折雲間から光が差し込んでいました

    そしてここには宇喜多秀家と正室の豪姫の像がありました。宇喜多秀家は八丈島への流人となった際、最愛の妻豪姫を伴うことは許されず2人は引き離されたまま生涯を終えました。この碑は秀家が築いた岡山城が築城400年を迎えるに当たり、離れ離れになった秀家と豪姫を思い建立されたものとのこと

    ご縁につながる観光スポットとのことで像と八丈富士をバックに記念撮影


    海岸の端には石小屋がありました

    石の屋根の下には石のベンチが

    ここはバーベキューが楽しめる場所のようです

    南原園地案内地図

    夏場はさぞや賑わう場所なのでしょう

    季節を変えて訪れたい場所ですね

    それにしても冷たい強風が吹いていました。八丈島は常に強めの風が吹いているのです
    八丈島離島旅レポートつづく・・・

  • 2026年2月2日(月) 03時00分 バス

    八丈島への離島旅①~神戸から羽田を経由して八丈島へ

    先月、今年最初の離島旅に行ってきました!
    今回は空路で八丈島を目指します。まずは神戸空港から9時20分発のスカイマーク102便に搭乗

    地上係員に見送られて神戸空港を出発

    滋賀東部~三重北部あたりの上空でしょうか。山間部には雪が積もっていました

    この日の富士山

    山の東側の雪の量が多く見えました

    10時半前、ほぼ定刻に羽田空港に着陸

    羽田空港には3つのターミナルがありますが、スカイマークの到着ターミナルは第1、ここから八丈島に向かう全日空機は第2ターミナルゆえ無料のシャトルバスで移動

    この日の便は到着が遅れ出発も15分遅れに

    搭乗待ちの間の昼食はまい泉のかつサンド。久々に食べましたが美味しかったです(^^♪

    高知からの便が正午前遅れて到着(ボーイング737-800・JA62AN)

    搭乗開始

    そして離陸

    天気はまずまずと思っていましたが

    海面を見ると白波が立っていました。風が強く吹いていたようです

    本土から南に290km

    太平洋に浮かぶ八丈島が見えてきました

    強い風が吹いていましたが

    13時20分過ぎに無事に着陸。雨が降った形跡がありました

    空港ターミナルに到着

    羽田から1時間ほどのフライトで到着。船だと東京・竹芝桟橋から10時間かかります

    「おじゃりやれ」とは八丈方言で「いらっしゃい」の意

    ウミガメもお出迎え

    出口を出てロビーへ

    伊豆諸島の最も南にあるのは青ヶ島。81km離れたさらに南の島に渡ろうと思えばここから船に乗り換えるのですが海路は欠航と出ていました。あとは9人乗りのヘリコプター移動という手段もありますが何せこの日は風が強く吹いていました

    空港ターミナルを出た正面に八丈富士と呼ばれる標高854.3mの山が見えました

    八丈島はひょうたんのような形をしていますが、島の北西に八丈富士、南東に三原山(標高700.9m)がそびえ、その間に2000mの滑走路の八丈島空港があります。「08」「26」と数字が数字が示されていますが、これは方位磁石でいう北を起点に時計回りに測った方位角の下1桁を切り捨てた2桁の数字で表されています。例えば真北(360度)を向く滑走路は「36」と表示され、その反対側の180度は「18」となります。「08」は磁北から080度、「26」は260度ということになります。つまり八丈島空港はほぼ東西に設置された滑走路なのです。というのも八丈島は常に強い風が吹いていて、南北からの風は山が壁になって横風を抑えてくれているのです。

    八丈島空港で売られていた滑走路ストラップ

    空港からは町営バスに乗って島観光スタート!

    離島旅・八丈島編つづく・・・