八丈島は島の中心となる三根(みつね)、空港南の大賀郷(おおかごう)、その東側の樫立(かしたて)、さらにその東の中之郷(なかのごう)、末吉(すえよし)の5つのエリアがあります。まずは空港から程近い大賀郷エリア内の観光スポットを訪れました。
最初に訪れたのは宇喜多秀家の墓

宇喜多秀家は豊臣五大老のひとりで、豊臣秀吉の養女となった前田利家の娘(豪姫)を正室に迎え前田家とは姻戚関係にありました。関ヶ原の戦いで敗れ島津氏を頼って薩摩に逃れたものの幕府に見つかり囚われの身に。妻の実家である前田家の執り成しで死罪は免れたものの2人の息子や家臣らとともに八丈島への流罪となりました。流刑地の島といわれる八丈島ですが、秀家が最初の流人となった人物といわれます。

孫九郎秀隆と小平次の墓

秀家は50年もの長きにわたって島生活を送り83歳で亡くなったということですが、その際流人の墓を建てることは許されず後々になって子孫が五輪塔を建てたとのことです。そしてこんな石が置かれていました。備前宰相といわれた秀家ですが、平成になってから岡山城築城400年を記念してこの礎石が運ばれたそうです。粋な計らいですね

墓に参ったあとは島の最東端にある「大越鼻灯台」へ

公共トイレの屋上が展望スペースに。以前は灯台の麓まで道があったそうですが、無人化されて草木が茂り道が消えてしまったそう

島の北西7.5km離れた場所にある八丈小島。以前は人が住んでいましたが現在は無人島になっていて、今では準絶滅危惧種であるクロアシアアホウドリの繁殖地になっているそうです

振り返ると八丈富士の頂上付近が見えました

麓にはアロエが植わっていてオレンジ色の花が咲いていました

ここには昔小学校が建っていたとか

八丈町立永郷小学校があった場所で碑には校歌も記載されていました

こんな海辺に小学校があったのですね

そして島南部の南原千畳岩海岸へ

ここは八丈富士が噴火した際に流れ出た溶岩が海に流れ落ちてできた溶岩台地

ごつごつとした黒い溶岩岩が広がっています

大きな玄武岩

この日は冷たい強風が吹き荒れ、時折雲間から光が差し込んでいました

そしてここには宇喜多秀家と正室の豪姫の像がありました。宇喜多秀家は八丈島への流人となった際、最愛の妻豪姫を伴うことは許されず2人は引き離されたまま生涯を終えました。この碑は秀家が築いた岡山城が築城400年を迎えるに当たり、離れ離れになった秀家と豪姫を思い建立されたものとのこと

ご縁につながる観光スポットとのことで像と八丈富士をバックに記念撮影

海岸の端には石小屋がありました

石の屋根の下には石のベンチが

ここはバーベキューが楽しめる場所のようです

南原園地案内地図

夏場はさぞや賑わう場所なのでしょう

季節を変えて訪れたい場所ですね

それにしても冷たい強風が吹いていました。八丈島は常に強めの風が吹いているのです
八丈島離島旅レポートつづく・・・
- 「 ヘッド・頭 」タイトルソング集
- 八丈島への離島旅②~まずは大賀郷エリアへ



