一昨日の練習帆船「海王丸」に続き昨日午前「日本丸」が神戸に入ってきました。

中突堤に並んだのは久しぶりのことです(手前が海王丸、後方が日本丸)

天気も良くカメラを持った人たちが次々訪れていました。

日本丸では次の航海に向けて食材などの詰め込み作業が行われていました。

帆船が2隻並ぶと絵になります。

よくいわれる2隻の見分け方ですが、船体に書かれた「日本丸」の文字は金色。そして色の濃い紺色のラインが1本入っています。

一方の海王丸は黒色で書かれ淡い水色のラインが2本入っています。

「日本丸」船首の女神像の名は「藍青」(らんじょう)。手を合わせています。

「海王丸」船首の女神像は「紺青」(こんじょう)。「藍青」の妹で笛を奏でています。

「海王丸」は17日午後2時、「日本丸」は18日午後2時にそれぞれ出港予定です。

番組内容
懐かしの名曲を中心に三上公也アナウンサーのセレクトで、月曜日から木曜日の朝のひとときを音楽で彩ります。
また、エンタメ、スポーツ、ライフスタイルなど、一日の始まりに入れておきたい情報もお伝えします。
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1872年(明治5年)に新橋と横浜の間に日本で最初の鉄道が開業して今日で150年となりました。鉄道会社はこの日を中心にイベントを企画。ここ2年はコロナ禍で中止されていましたが、今年は人数制限をした上で3年ぶりに開催されるところが多いようです。開業当初の列車の最高速度は時速30km程度だったといいますから原付並みのスピードだったのですね。それが今では10倍の速度で走る新幹線も登場。150年の間に技術は進化しました。そんな中で過疎化が進む地方のローカル鉄道は存廃問題も浮上しています。普段使いされて成り立つ鉄路ですがローカルならではの「旅資産」は沢山あるはず。今のうちにそこに行かないと味わえない魅力を見つける鉄旅をしてみたいものです。
さて来週の特集コーナーは・・・
10月17日(月)
8時台の洋楽特集、9時台の邦楽特集とも
「曜日」ソング集①10月18日(火)
8時台の洋楽特集、9時台の邦楽特集とも
「曜日」ソング集②10月19日(水)
8時台の洋楽特集は
「ブラウン・茶色」ソング集
9時台はゲストにギタリストの高中正義さんを迎えてお送りします。
※事前収録となりますのでメッセージ等はお受け出来ません。10月20日(木)
8時台の洋楽特集、9時台の邦楽特集とも「あかりの日」を前に
「ライト・あかり」ソング集リクエストやメッセージをお待ちしています。
番組メールアドレスは↓
asa@jocr.jp※予告なく放送内容を変更する場合があります。ご了承ください。
今朝の日の出前の空。一筋の雲が列車に見えた朝でした。

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神戸市の東灘区制70周年を記念して昨日だんじり巡行が行われました。

午前9時前に32台のだんじりが白鴎橋に集結。セレモニーのあとに出発!

本来なら2年前に行われていた記念巡行ですがコロナの影響でこの日になりました。

「疫病退散」を掲げるだんじりも!

道を曲がるときが見どころのひとつ

こんなメイクしている乗り手も!

東灘区各地区のだんじり32台が次々と巡行出発

上空ではドローンが飛んでいました。

午後から雨予報で巡行は午前中で打ち切り。ゴールの東灘区役所前を目指します。

住吉東町5交差点

国道2号線を東へターン

勢いよく曲がると沿道から拍手が沸き起こっていました。 -
明延鉱山の坑道見学を終えて明神電車の行き着く先である神子畑選鉱場(みこばたせんこうじょう)跡へ。1919年(大正8年)に建設された選鉱場です。明延鉱山で採鉱・破砕された鉱石はここに運ばれ有用鉱物と不用鉱物(脈石)とに仕分けしたり、異なる複数種類の有用鉱物を互いに分離する作業が行われていました。狭い土地を有効活用して効率よく上から順番に選鉱するために山の急斜面を利用して建設されました。

選鉱場の昇り降りを行った「インクライン(ケーブルカー)の軌道跡
工場の跡地に「一円電車」が展示されています。

1929年(昭和4年)に明延鉱山と神子畑選選鉱場間の6.1kmに鉱石を運ぶための明神(めいしん)電車が開通しましたが、1945年(昭和20年)にはこの鉱石運搬車に従業員とその家族の交通の便を図るために初めて客車が連結され登場したのがこの車両「わかば」号です。当初の運賃は50銭だったそうですが、1952年(昭和27年)に1円になり、その後は明延鉱山が閉山で廃止される1987年(昭和62年)3月までずっと1円のまま据え置かれていました。それが「一円電車」といわれる所以です。園バスのような明るい色合いの車両です。

車内前方

車内後方

トンネル5つを潜って結ばれていた6.1kmの区間の所要時間は30分だったのですね。

ムーセ旧居と呼ばれる神子畑鉱山事務舎。鉱山技術者として明治政府に雇われていたムーセが住んでいた二番館を1888年(明治21年)に生野鉱山から移築。事務所や診療所として利用されていた建物で県指定の文化財になっています。無料で一般公開されています。

入口でトンボ発見!

そして建物の隣には「シックナー」とよばれる構造物があります。

液体中に混じる固体粒子を分離する装置

直径が百尺(約30m)のものと55尺(約16m)のものとがあり巨大な漏斗のような形をしています。

神子畑選鉱場跡と播但連絡道路朝来ICの間の国道429号線沿いに「神子畑鋳鉄橋(みこばたちゅうてつきょう)」という橋があります。

神子畑川に架かる鋳鉄製のアーチ橋

鉱石運搬道路として架けられた15.997mの橋。日本に現存する全鋳鉄製の橋としては最も古く国指定の重要文化財になっています。

この道は神子畑から生野へ「銀鉱石」を運んだ馬車鉄道

橋は渡ることが出来て、その先の遊歩道も歩くことが出来ます。

駐車場もあるのでぶらり鉱石の道散策が出来ますよ。 -
「一円電車まつり」が開催された日、明延鉱山の坑道見学会も行われました。

明延鉱山は今から約1270年前の天平年間に開山したとされ、奈良・東大寺の大仏鋳造にもここで産出された銅が献上されたという言い伝えもあります。明治政府の誕生で官営となりましたが1896年(明治29年)に三菱合資会社に払い下げられました。そして1909年(明治42年)に錫鉱が発見されて日本一の錫鉱として発展。銅や鉛、亜鉛など多くの鉱石を産出し発展。全国から多くの働き手が集まり鉱山の街として賑わいを見せていたそうです。しかし1987年(昭和62年)に円高と金属価格の下落によって立ち行かなくなり閉山しました。

日本遺産・近代化産業遺産になっている鉱山内をガイド案内で約60分歩きます。

頭上に高さ20mにもなる空洞があります。今なおそのままの状態で残る巨大な鉱脈跡です。

上部で採掘した鉱石は下に流れるように穴が掘られ通路脇に取り口が設けられています。

緑青が出来ているところは鉱脈とわかります。

他の観光化された鉱山と違って通路の舗装などはされていません。トロッコ線路なども残り当時のままの内部で生々しさが感じられます。

掘り進める機械の動力は空気。その圧縮空気を運ぶ鉄パイプが張り巡らされています。坑道の総延長は約550km。東海道新幹線の新大阪・東京間に匹敵する距離。垂直距離は約1kmで海面下約140mまで堀り進められたそうです。下部は水との戦いだったようで排出作業が止まった現在は水没しているそう。見学コースの坑道でもあちこち水たまりがありました。

坑道の途中に酒蔵があります。坑道内の年間平均気温は12度前後で一定の温度ゆえその特性を活かして日本酒の熟成に利用されています。

兵庫県宍粟(しそう)市にある山陽杯酒造の「播州一献 鉱山熟成大吟醸『明壽蔵』」として販売されています。

鉱山の上部と下部を結ぶエレベーター。鉱山の機械化が進んだのは昭和20年~30年代で大型重機なども使われました。こうした大型重機は分解して立杭エレベーターで運び、地下で組み立てられたそうです。

坑道内案内地図

坑道内には鉱山で使われた産業機械がそのまま展示されています。

掘削に使われた「クローラジャンボ」や小型の「ボーリング機」

トロッコを引く蓄電池式機関車

大型のダンプも置かれています。

鉱山跡とはいえいつでも採掘再開出来そうな生々しさが残る場所でした。

重機も出入りした大きな扉。上には山の神が祀られています。

来月6日(日)に今年最後の「日曜坑道見学会」があります。ちょうど紅葉も見頃でしょうか。

出口横には「一円電車」も置かれていました。

やぶ市観光協会の公式サイトはこちら
このあと朝来市にある神子畑選鉱場に行きます。つづく・・・



