岡山県内を走っていた片上鉄道ですが、廃線後の線路跡を活用した全長34kmのサイクリングロードが整備されています
そのうちの一か所「苦木(にがき)駅」に立ち寄り
木々に囲まれて建つ駅舎
1991年(平成3年)7月1日に鉄道路線廃止に伴って廃駅となりましたが、2003年11月24日に片鉄ロマン街道開通に伴い休憩場所として復駅しました。
休憩場所を示す看板も
当時の駅舎はそのまま残されています
駅舎内には伝言板や
写真撮影用にこんなアイテムも用意されていました
和気(わけ)方面
柵原(やなはら)方面
佐伯町(現和気町)のマンホール蓋
駅舎やプラットフォーム、信号機などが残された廃線跡サイクリングロード。トンネルや橋梁もそのままとのこと。秋は紅葉狩り、春は花見を兼ねて自転車に乗っての「鉄」分補給をしてみたくなりました。
詳しくは岡山観光WEBをご覧ください
番組内容
懐かしの名曲を中心に三上公也アナウンサーのセレクトで、月曜日から木曜日の朝のひとときを音楽で彩ります。
また、エンタメ、スポーツ、ライフスタイルなど、一日の始まりに入れておきたい情報もお伝えします。
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神戸電鉄を走る5000系車両
1994年6月10日のデビューから今年で30周年を迎え5003編成車両に記念の特製ヘッドマークが掲出されています
ラッピング車両の「ハッピートレイン」(5001編成)や
沿線の四季の風景に神戸電鉄のマスコットキャラクター「しんちゃん」と「てつくん」を組み合わせたデザインの「たのしーずん」(5013編成)も5000系車両
5000系車両は神戸電鉄初のVVVF制御車で、いずれも4両編成で運行されていますがすべてが電動車。30年経った今も製造された40両すべてが現役で走っています!
これから行楽の秋シーズンを迎えます。「おもてなしきっぷ」を使ってぶらり神鉄旅は如何でしょう。
詳しくはこちらをご覧ください↓
「おもてなしきっぷ」 -
2日目の午後、高知県から香川県へ移動
12時13分高知駅発岡山駅行きの特急「南風14号」に乗車
2700系あかいあんぱんまん列車
こどもたちが喜びそう
天井にもキャラクターが描かれていました
車窓からの吉野川の眺め
小歩危峡にかかる吊り橋「赤川橋」
このまま特急で多度津まで乗って行けば早いのですが阿波池田で下車し普通列車に乗り換えます
ホームのごみ箱もアンパンマン仕様
隣に停車していた特急「剣山」
ゆうゆうアンパンマンカーを連結したキハ185系
そしてさらにホームの向こうには
観光列車「藍よしのがわトロッコ」が停車していました
吉野川が育んだ「阿波藍」、藍で富を築いた藍商人により花開いた阿波おどりをはじめとする徳島の文化や沿線の歴史、地元の食を吉野川に吹き抜ける風とともに体感するトロッコ列車とのこと。
乗るのは多度津行き1000型気動車
ボックスシートとロングシートの1両列車
13時35分出発
運転台
何故わざわざ特急から普通列車に乗り換えたのか
それは途中駅の「坪尻」のスイッチバックを体感するためでした
箸蔵駅を出てこのカーブの先に坪尻駅があります
特急列車は真っ直ぐ進み
トンネルに入るのですが、普通列車はその線路脇下にあるホームに停車
しかしその先は行き止まり
すると運転士は後部の運転台に移り列車は反対方向に進みだしました
先ほどは右側の線路を走ってきました
今度は左側上部の線路を進んだところでまた停車
再び運転士が反対側の運転台に移動
そして今度は右側の線路を進みだしました
列車は行き止まりの線路を眼下に見ながら本線を走行
おっと、線路脇にはマムシがいるのですね
讃岐財田駅で特急の通過待ち
オーストリアのプラッサー&トイラー社製保線車両(マルチプルタイタンパー)
風情のある琴平駅
車窓からは稲刈り作業も見られました
阿波池田から1時間11分の乗車で多度津に到着
ここからは予讃線に乗り換えて観音寺に向かいます
四国旅レポートつづく・・・ -
中ノ島の観光を終えて再び菱浦港へ
ここからは観光船「第58くにが丸」に乗って西ノ島の別府港に移動
港を離れます
「フェリーどうぜん」が停泊中
そこそこのスピードで走行
10分ほどで別府港に到着
隠岐にも「別府」の名ががあるのですね
港から西ノ島の観光リゾートホテル「リゾ隠岐ロザージュ」へ
ここで昼食
ランチは「イカ漬け丼」
卵を崩してかき混ぜて口の中へ。地元のイカ料理が食べられました!
蒸した牡蛎もセットで(^^♪
今度はここにも泊まってみたいと思いました。
目の前に海が広がっています
ホテルの敷地内に弁天さんがいました
弁天さんの膝周りには丸い石が積まれていましたが、願い事を小石に書いてお供えをするとその願いが叶うのだそう。
食事を終えて西ノ島観光スタート!まずは眺めの良い観光スポット「赤尾展望所」へ
木造の展望台がありました
先端の先は北京や釜山の方向。本土の松江とは80㎞、大阪とは270㎞離れています
放牧された馬が気持ち良さそうに草を食べていました。暑くないのか・・・
ここは牛や馬の放牧地ゆえ足元に注意が必要です
国賀海岸の摩天崖・通天橋が見えます。このあとあちらに移動。
摩天崖も牛や馬の放牧場になっています。西ノ島の産業の第一は漁業、第二は観光そして第三は畜産業だそう。
遊歩道の先に屋根付きの建物が見えます
ここにも牛や馬に対する注意看板がありました
木造の休憩所。人は入れますが牛や馬は入れないような仕掛けが周囲にされていました。
第二次大戦中に旧日本軍が使っていた監視所跡
この窪んだ場所が監視所跡。敵船の監視にはうってつけの場所だったようで、建物は半地下式で屋根には芝が張られていたそう。
標高257mの崖の上です
ここからの眺め
ジオパークらしい景観
ワニのようにも見えますが、鉄道好きには東海道・山陽新幹線のN700Sの先頭車両にも見える!?
このあとは浦郷港に向かい国賀めぐり遊覧船に乗ります!
隠岐島旅レポートつづく・・・ -
島根県の隠岐諸島を巡る旅をしてきました。島根県では「出雲(いずも)」と「石見(いわみ)」にゆかりのある私も「隠岐(おき)」を訪れるのは初めてでした。
12時30分に伊丹空港を出発する日本航空の直行便を利用
伊丹空港と隠岐世界ジオパーク空港間は毎日1往復飛んでいて使用機材はJ-AIR(ジェイエア)のエンブラエル170型機(76席)ですが、需要の多い夏季の8月だけはJALのボーイング737-800型機(165席)が飛んでいます。
この日も定刻に出発
離陸後鳥取上空を通過していきますが、飛行時間はわずか50分。離陸後しばらくしてシートベルトの着用サインが消えてもすぐに再びサインが点灯しました。
高度を下げ着陸態勢に入る直前には「着陸と同時に急ブレーキがかかります」という機長からのアナウンスがありました。滑走路が2000mしかなく、通常の機材よりも大きな機材を使っていることから強めの「G」を感じる急ブレーキ操作でした。
定刻に到着
空港にピース・ウィンズの「ガルフストリーム695」が駐機していました。
その隣にはエアバスヘリコプターズのEC135が停まっていました(JA135T)
隠岐諸島は松江から北東へおよそ60kmほどいったところに位置する島根県の島々です。空港ターミナルでは島根県観光キャラクター「しまねっこ」のボードがお出迎え
隠岐諸島は約600万年前の火山活動によって形成された大小180余りの島々(有人は4島で大半は無人島)からなり、ユネスコ世界ジオパークになっています。そのうち島後(どうご)と呼ばれる一番大きな丸い形の島(隠岐の島町)が島の中心で空港があります。島の人口は島後で約13,000人、島前(どうぜん)と呼ばれる中ノ島(海士町)、西ノ島(西ノ島町)、知夫里島(知夫村)の3島で約7000人が暮らしています。
空港到着後隠岐諸島の自然や文化を知ることが出来る施設「隠岐自然館」に立ち寄ったあと島内の観光に出発。車で25分ほどのところの道路脇に立つ杉の巨木「かぶら杉」へ移動
根元はひとつなのにその先で複数の幹に分かれている独特の樹形をしています
樹齢約600年で多い時には12本も幹があったのですね
島後最北端の「白島展望台(しらしまてんぼうだい)」へ向かいます
竹島までは161㎞。残念ながら見える距離ではありません
白島崎展望台に到着
記念撮影
浸食と地質が生み出した複雑な海岸が一望できる場所です
展望台までの道途中にはアジサイが花を付けていました
テッポウユリもあちこちで見かけました
水若酢神社(みずわかすじんじゃ)へお詣り
隠岐諸島には数多くの神社がありますが、島後で一番格の高い神様を祀る神社がここ。隠岐の一宮です。
拝殿奥の本殿は茅葺屋根で、隠岐造と呼ばれる独特な神社建築様式のものだそう(国の重要文化財に指定されています)
境内には奉納相撲の土俵がありました
水若酢神社前のバス停。屋根・木戸の付いた待合がありました。
そうこうしているうちに初日のメイン観光となる「ローソク島遊覧」に向かう頃となりました。海上からしか見られないローソクの形をした奇岩の先端に夕陽が重なる瞬間が見られるかどうかです。遊覧船が出発する福浦岸壁に向かいます。
隠岐旅レポートつづく・・・